【書評】『同調圧力 日本社会はなぜ息苦しいのか』/鴻上尚史 佐藤直樹・著/講談社現代新書/840円+税
【評者】香山リカ(精神科医)
安倍総理が突然の辞任。SNSでは長期政権を批判的に総括する意見が多く見られたが、支持者からは「お疲れさまとねぎらうべき」「病気なのに責めるな」という声が相次いだ。私も権力の長期化による弊害をツイートしたところ、「医者が病人にかける言葉か」という非難が殺到した。自由な言論の場のネットさえ、多数の期待通りの発言をしなければ許されない空気が漂っているのだ。
この空気の正体こそ、本書のタイトルの“同調圧力”。この本は、これまでも校則やいじめ問題について積極的に発言してきた演劇人の鴻上さんと、「世間」の研究をしてきた学者の佐藤さんとの対話をまとめた一冊。コロナで生じた「自粛に応じない者は非国民」という話から始まるふたりのかけ合いが、面白くないわけがない。
つぎつぎと身近な例をあげながら、日本ではさまざまな個人が共存する「社会」よりも、仲間ウチだけでできた「世間」にどう思われるかの方がずっと重要視される、という核心が見えてくる。しかも、今は政治の世界までが「社会が見えていな」くて「『世間』の人間にいかに多く支持されるか」で動いているというのだから、怖ろしい。
佐藤氏は言う。「『社会』というのは、本来、変革できるものです」「『世間』は所与で、なおかつ変革も何もできない、動かない、変わらない」。そして、少しでも社会批判をすると「反日文化人」と攻撃されるという鴻上氏は、「そうやって文句を言う人は、大きな『世間』と自分で思い込んでいる政府側に身を置くことで、多分つかの間の安心を得ているんでしょう」と分析する。これから新しい総理大臣のもとで政治が動き出すが、本書を読んでいると、「『世間』から『社会』に開かれた世の中にすること」こそが求められているとわかる。
政治の世界だけではなく、会社も地域も同調圧力でいっぱい。ついひとの目を気にして息苦しくなっている人は、自分を苦しめるものの正体を知り、乗り越えるためにもぜひ読んでほしい(圧力をかけているわけではありません!)。
※週刊ポスト2020年10月2日号