昨年、文字や動画を投稿できるコンテンツプラットフォーム「note」で、日常の出来事を綴ったエッセイが瞬く間に話題を呼んだ、今注目の作家・岸田奈美さん(29才)。そのエッセイをまとめた初の著書『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』が9月23日発売されると、初日から多くの書店で売り切れが続出し、即日重版がかかる人気ぶりとなっている。なぜこれほど多くの人が岸田さんの言葉に魅了されるのか、本人に話を聞きその理由を探った。
約束の時間より少し早く訪ねると、既に到着していた岸田さんは、元気いっぱいの柔らかな笑顔で迎えてくれた。ふわりとカールしたロングヘアーに、鮮やかなブルーのワンピースを着た彼女は、著書の文体から受けるどこかコミカルな印象とは違い、しなやかな女性の魅力が感じられる。それでいて、軽妙で温かな語り口は、彼女の書く文章そのものだ。
エッセイでは、ブラジャーの試着の話から、車椅子生活になった母親のこと、障害を持つ弟のことまで、岸田さんの周りで起こるさまざまな出来事が綴られている。独特の表現で語られる彼女の言葉に触れると、思わず笑みがこぼれ、気が付けばほろりと泣けてきて、不思議と温かい気持ちに包まれる。そんな彩り豊かな世界観と言葉の力を持つにもかかわらず、専業の作家になったのはつい最近。それまでは会社員だったという。
「自分でも、まさか書くことを仕事にするとは思っていませんでした。作家になる前は、ミライロという、障害を価値に変えるコンサルティングを行うベンチャー企業で広報の仕事をしていました。大学1年の頃から創業メンバーとして10年間務めてきましたが、会社が大きくなって仲間が増えてきたことや、ある時うつ状態になって休職を経験したこともあって、『このまま会社員をしていて良いのかな』とぼんやり考えていました。
そんな時、Facebookで書いていた日記を読んだ何人かの人が、『岸田さんは文才があるから、もっとちゃんと書いた方がいいよ』と言ってくれたことがあって、きちんとした形としてストックできるnoteで書いてみようと思ったんです。昨年の6月にアカウントを開設して、8月に最初の記事として、ブラジャーを試着した時の話を書きました。“一発面白いのを書こう”くらいの軽い気持ちだったのに、思いがけず沢山の人に読んでもらえたんです」(岸田さん・以下同)