【書評】『シリーズ アメリカ合衆国史(4) グローバル時代のアメリカ 冷戦時代から21世紀』/古矢旬・著/岩波新書/900円+税
【評者】山内昌之(武蔵野大学特任教授)
21世紀のアメリカは、二人のアウトサイダーを大統領に選んだ。一人は弁舌と知性にたけたアフリカ系弁護士のオバマ。もう一人は公職経験皆無の不動産業者トランプである。トランプは「赤裸々な権勢欲以外に、確たる具体的な政治的ビジョンがあった」わけでもないのに、「有名人」になる夢を叶えた実業家である。
その反知性と反教養は際立っているが、共和党主流だけでなく普通の保守政治家の規範からも外れたアウトサイダーなのだ。オバマは、祖先が奴隷を強いられた大多数の黒人から見ても、連邦上院唯一のアフリカ系議員としてエリートのアウトサイダーであった。
著者によれば、二人には意外な共通点がある。それは反ヒラリー・クリントンである。ヒラリーはウォール街の大口政治資金に依存していたのに、オバマはネットの小口献金者の善意に依拠していた。トランプは潤沢な個人資金を使って当選したのである。
ヒラリーの夫ビルは保守とニュー・デモクラットの超党派的合作を進め、レーガンからの保守的コンセンサスを息子ブッシュに継承させる役割を果たした。オバマが「変化」、トランプが「アメリカ・ファースト」をいうのに、ヒラリーは「経験」と「安定」を売り込んだにすぎない。これでは職と収入を欲する没落白人労働者層を満足させられるはずもなかった。
トランプの公約は、国境の防備、反グローバル化、アメリカ第一主義の三点に尽きる。何よりも凄いのは、人種差別や経済的不満を支持層に向かって煽ることで対立候補を蹴落とす手法が成功してきたことだ。しかし著者に言わせると、トランプの勝因は、格差社会の深刻化を長く放置してきた、ワシントン政治のエリート主義への大衆の不満と怒りの噴出にあったという。
ケネディの演説には民主主義の主体の存在が念頭にあったのに、トランプには国の公助だけを期待する「忘れ去られた客体」が存在するだけだとは至言であろう。大統領選直前にアメリカ政治の信頼できる導きの書が出たのは嬉しい。
※週刊ポスト2020年10月16・23日号