音楽誌『BURRN!』編集長の広瀬和生氏は、1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接してきた。広瀬氏の週刊ポスト連載「落語の目利き」より、緊急事態宣言が解除されて初めて行った寄席、上野鈴本演芸場夜の部での柳亭市馬の粋な計らいについてお届けする。
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あの緊急事態宣言で寄席が全面休業する前、僕が最後に通った定席は4月3日・上野鈴本演芸場夜の部だった。この日は赤坂区民センターでの柳家小三治独演会のチケットを持っていたのだが、6月に延期(のちに中止)となったため、三遊亭歌奴がトリを務める鈴本に向かったのである。
歌奴が演じたのは『五貫裁き』。よく通る声でダイナミックに演じる歌奴は僕の好きな演者で、以降もできるだけ多く鈴本に通おうと思っていたのだが、結局この芝居はこの日で終わってしまった。
その後、新宿と浅草は6月、上野と池袋は7月に営業を再開したが、僕自身が最初に足を運んだのは、最後に行った日からちょうど5か月後の9月3日。柳亭市馬が主任を務める上野鈴本演芸場夜の部である。
ソーシャルディスタンスを保つため座席には一つ置きに「使用禁止」の表示があり(最前列は全面封鎖)、演者交代の間に係員が頻繁に客席を回っては「マスク着用、飲食禁止」を呼びかける。途中入場が当たり前の寄席ならではの心遣いだ。
台詞の強烈なメリハリがやたら可笑しい古今亭文菊の『強情灸』、全編オリジナルギャグの三遊亭圓歌の『やかん』、そして古今亭菊之丞の『天狗裁き』や古今亭志ん輔の『宮戸川』といった手練れの落語の合間に、太神楽曲芸や漫才、紙切りなどの色物が彩りを添える寄席ならではの雑然とした雰囲気が心地好い。
粋曲の柳家小菊がヒザを務め、トリの市馬が高座へ上がる。旅のマクラを振ってから『三十石』へ。これが、実に素晴らしかった。