菅首相は任命拒否の理由について、「総合的、俯瞰的な視野で活動を確保する観点から判断した」と説明したが、何の説明にもなっていないためますます批判が集中した。また、16日の日本学術会議の梶田隆章会長との会談でも、任命拒否の理由は話し合われなかった。モリ・カケ・桜と問題が明るみに出る度に「説明責任を果たす」と言いながら、お茶を濁すような説明を繰り返してきた安倍政権の前例があるだけに、その政権の官房長官を担ってきた菅首相の政権は、発足時に掲げた「悪しき前例主義の打破」ではなく「前例踏襲」ではないかと学者たちやメディアは騒いだ。
今思えば、この時私の中では「フォーカシング効果」が起きていた。フォーカシング効果とは、「アンカリング」とも呼ばれる認知バイアスの1つで、最初に接した情報に引きずられて、物事の特定の側面や一部の側面だけにしか着目せず、判断を誤る傾向のこと。今回の問題で言えば、「学問の自由を侵害」というフレーズが最初に強烈にインプットされたことで、学術会議が全て正しいという前提が頭の中で出来上がり、その流れで問題を判断しようとしてしまったのだ。
これに気付いたのは、さまざまな番組がこの問題を取り上げ始めると、違う情報や意見が聞こえてきたからだ。学術会議は「学者の国会」と呼ばれ、独立性を重視し運営されてきたが、実は政府の機関。新会員は、会議が推薦した候補者を総理が形式的に任命することになっていたが、総理に拒否権がないわけでもないという。また、安倍政権になって以降、事前協議も行われていたようで、任命拒否も今回が初めてではないのだ。
さらに、学者たちの研究の自由が直接侵害されたわけでもない。加えて、学術会議のあり方や会員の推薦方法など、学術会議自体の問題も指摘され始めている。
とはいえ、なぜ6人が任命を拒否されたのか、きちんとした説明はまだされておらず、「政権に批判的な学者が外されたのでは」という疑問は解消されていない。自民党はプロジェクトチームを発足させ、学術会議の見直しや改革を打ち出したが、野党から論点のすり替えと批判されている。もしかすると、これが菅首相独自のやり方であり、炎上商法的な手法であえて世間の注目を集め、学術会議の問題化を狙った?なんてこともあるかもしれない。何事も決めつけは危ない。