いよいよ大詰めを迎えるプロ野球。過去には、歴史に残るバトルが繰り広げられたこともあった。当事者が振り返る──。
1982年のプロ野球ペナントレース終盤、中日の田尾安志と大洋の長崎啓二(当時。現・長崎慶一)の首位打者争いは、長崎の9毛差リードで最終戦の直接対決。この試合は中日が勝てば優勝、大洋が勝てば巨人が優勝する大一番でもあった。長崎を欠場させた大洋は、先頭打者の田尾を5打席連続敬遠。田尾は8回の5打席目で敬遠のボール球にバットを振り、抗議の意を示した。勝負を避けて大敗した大洋は巨人ファンからも非難された。当事者でもある野球解説者の田尾安志氏が、当時の裏側を語る。
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5打席目の時点で8対0とリードしていたので、三振でアウトになってもいいと思ってバットを出しました。納得していない気持ちを示したかった。ビジターなのに優勝を期待する大勢の中日ファンが駆けつける中、ファンが期待する真っ向勝負ができず申し訳ないとの思いもありました。
大洋のキャッチャーの辻恭彦さんに『勝たせてやっているのに何だよ』と言われてカチンときた。僕は真剣勝負でも絶対に優勝できると信じていたし、勝負してもらえば首位打者を取る自信もありましたから。
ボール球を2度振ってフルカウントになると黒江透修コーチがベンチから飛び出してきて、『もう勝利に貢献できているし、もういいじゃないか。三振すると大変なことになるぞ』と僕に言ったそうです。カッカしていたのでよく覚えていないのですが、『振るな!』という言葉だけは耳に残りました。
コーチの命令は受け入れないといけない。だから、仕方なく6球目のボールを見送って一塁に歩きました。
確かにタイトルは大きなステイタスですが、そのために勝ちを捨てるのも納得できなかった。しかもあの試合は巨人にとっても、優勝のかかった試合でした。大洋の監督も悩んだ末の結論でしょうが、僕が首位打者を取るかどうかなんてペナントの行方に比べたら些細なこと。それより大切なのは常に真剣勝負をして、ファンをがっかりさせないことです。
のちに楽天の監督になってから選手には『いくら負けても、ファンに納得してもらえるプレーをしてほしい』と言い続けました。それは全力プレーであり、真剣勝負です。あの5連続敬遠から学んだのです。
※週刊ポスト2020年11月6・13日号