【書評】『ジジイの片づけ』/沢野ひとし・著/集英社クリエイティブ/1600円+税
【評者】香山リカ(精神科医)
「イラストレーター・沢野ひとし」という名前にピンと来なくても、「椎名誠さんのエッセイの挿絵」と言えば、シンプルで味のある絵を思い出して「あの人か」となるだろう。その沢野氏もすでに70代半ばになり、出した新著はなんと「片づけ」の本だ。
「モノの片づけは、心の片づけでもある」というまえがきに、乱雑なわが家をのぞかれた気になり首をすくめる。しかし、心配はいらない。その後から始まる本文では、モノを愛してつい集めてしまう人にもやさしく寄り添いながら、具体的な片づけ法が指南される。
たとえば、著者は「洋服タンスは小さくて良い」と言う。とくに会社勤めが終わった男性は、高価なワイシャツもズボンもいらない。服を処分するのは勇気がいるが、「今後の衣服は少数精鋭で前へ前へと進もう」「どんどん処分していくと、あれこれ心配していた人生の悩みまでもがしだいに薄らいでいくものだ」と著者が背中を押してくれる。
こんな具合に引き出し、冷蔵庫、床下収納庫などの片づけ法が次々に語られるのだが、ときどきペーパーナイフ、原稿用紙などはなかなか捨てられないという打ち明け話もしてくれるので、そこで読者はほっとひと息。そしてさらに共感できるのは、片づけ魔にも見える沢野氏だが、妻や子どもたちはそうではないということだ。
とくに教員をしてきた妻はモノの処分を持ちかけると、「耳を両手でふさぎ、逃げてしまう」という。教員時代の思い出のモノを処分されるのは「身を切られるがごとくつらいものなのか」とそんな妻にもやさしい目を向ける。片づけ好きの妻にいつも叱られている男性読者は、逆に本書で「なぜ妻はモノを処分したがるか」と学んでほしい。
片づけ法から、高齢期をいかに前向きにさっぱりと生きるか、夫婦はどうあるべきかをユーモアたっぷりに語ってくれるこの本。私はすでに3冊購入し、周囲の男性たちにプレゼントしまくっている。読めばその気持ちもわかってくれるはずだ。
※週刊ポスト2020年11月20日号