認知症の母(85才)を支える立場の『女性セブン』N記者(56才)が、介護の日々の裏側を綴る。今回は、「年賀状」にまつわるエピソードだ。
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いまから8年前に父が急死。その葬儀の準備は大変だった。それまで気に留めたことすらなかった父の交友関係を探り出さねばならなかったからだ。手掛かりもなく途方に暮れる中、窮地を救ってくれたのは、短い挨拶が書かれた年賀状だった。
年賀状に導かれて知られざる父の世界へ
「葬儀プランはご参列の人数にもよるんですよ。だいたい何名様くらいでしょう?」
8年前に父が心筋梗塞で急死。その翌日には、葬儀会社の事務所であれこれ決断を迫られていた。まさに泣く間もないのが葬儀の準備である。参列者というのも問われて初めて考えた。親戚と私の仕事関係と、私の自宅近くの葬儀社を選んだので地元のママ友たちも来てくれるだろう。
「あれ、パパの友達は……?」
私の心当たりばかり数えていたが、父本人の関係者を呼ばないわけにはいかないではないか。しかし同時に、父の葬儀に呼ぶべき人を誰ひとり知らないことにも気づいた。臨終から呆然自失状態の母はまったく役に立たない。私は大慌てで実家に走った。
とはいえ、実家のどこをどう探したらよいのか。父のアドレス帳に並んだ名前を見ても手掛かりさえつかめない。母の認知症の兆しで散らかり放題になった家を見渡して、絶望的な気分になった。
ふと、古い年賀状の束が目に入った。12月の初め、几帳面な父が年賀状の準備をしていたのだろう。定年退職から17年もたつせいか、夫婦連名宛てと母宛てのものが目立つ。その中に父に宛てた手書きコメント入りのものがあった。
「お元気ですか? お互いに年を取りましたね……」
素っ気ない年賀状も多い中、そのひとことで、父と親しげに語らうシーンが浮かんた。“この人だ!” と直感が走り、見れば電話番号も書いてある。ものすごい勢いで未知の父の世界に到達した気がして、思わず大きく1回、深呼吸をしてから電話をかけた。