トランプ大統領は、渋々ながら政権移行の手続きを始めることに同意した。しかし、まだ選挙の敗北は認めていない。この不思議な思考回路を理解することは難しい。「しゃべらなくなったトランプ」が何を考えているのか、ニューヨーク在住ジャーナリスト・佐藤則男氏がトランプ氏の親友の証言から推測する。
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ワシントン・ポストが面白い記事を載せている。大統領選挙が終わって19日間のトランプ氏の言動を分析したものだ。
それによると、19日間のうち12日間は何の予定も入っておらず、スケジュールは白紙。公式のイベントに4回出席し、ゴルフには6回行った。すべて自分が所有するコースだったという。そして一番の“異変”は、あれほど好きだった記者会見や記者への発言が極端に減ったことだった。
この期間に、トランプ大統領は公の場で8143語しか話さなかったそうである。1日平均では454語になる。それ以前の2020年の平均は、1日8398語だったというから、実に18分の1にまで口数が減ったことになる。ちなみに、大統領選挙当日には5万5000語も話していた。その後の19日間と比べると、121倍(4か月分!)も話しまくったわけだ。
トランプ氏の突然の沈黙をどう解釈するか、なかなか難しい。様々に憶測はできる。それらはどれも部分的には的を射ているだろうし、完全に解明することはできないだろう。選挙前まで、トランプ氏は根拠があろうとなかろうと、自分に有利と思った話は何回でも何十回でも話し続けた。そうすることで、熱烈な支持者や民主党嫌いの有権者たちは、いつの間にか「そうかもしれない」と思うようになった。本来なら、今こそその手法でマシンガンのように話し続けなければ、もはやホワイトハウスに居座るという野望は叶わない。支持者たちも、寡黙なトランプ氏など求めていないだろう。
では、なぜ黙るのか。筆者は、トランプ政権誕生前に、同氏の親友であるビジネスマンのA氏から聞いた月旦評が参考になると思っている。彼はトランプ氏とよくゴルフをするというが、語り合うのはあまり好きではなかったようだ。周りに誰もいないのに、わざわざ声を潜めてこう言った。
「トランプ氏には、これといった世界観もなければ、価値判断する独自の尺度というものもない。大統領選挙に挑むというが、政治哲学や社会倫理について話すのを聞いたこともない。おそらくそんなものは持っていないよ。彼は、ビジネスで身につけたトランザクション(取引、処理、業務遂行)中心の男だ。ビジネスマンであり、それ以外の者ではない。彼と理想論や観念論で話してはダメなんだ」