アメリカ大統領選挙は、いよいよ決着が間近に迫っている。トランプ大統領の法廷闘争はことごとく空振りに終わり、「大規模な不正があった」という主張は、側近のバー司法長官からも否定された。ネットには、まだまだトランプ支持の言論が(日本でも)飛び交っているが、その声を信じるのは、もはやトランプ支持者だけである。メディアとネットを巻き込んだトランプ劇場はいよいよ終幕を迎えるが、その皮肉な影響について、ニューヨーク在住ジャーナリスト・佐藤則男氏がリポートする。
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トランプ大統領の敗戦を喜ぶ国民、悲しむ国民、様々である。アメリカを二分した戦いだっただけに、その傷跡は深く残る。支持者たちの悲喜こもごもは当然だが、トランプ劇場が幕を下ろすことで具体的に損害を被る業界もある。その最たるものがリベラルメディアだという皮肉な現実が見えてきた。
大統領選挙で大いに盛り上がった反動で、テレビ局の来期の収益は40~80%も落ち込むという予測が出ている。選挙そのものが巨額の広告宣伝費を使うこともあるし、選挙によって契約者が増え、視聴率が上がり、広告収入が増えるという黄金の連鎖が消えてしまうのだから当然だ。もちろん、FOXニュースのようなトランプ支持にまわった保守系メディアも痛手は被るが、むしろトランプ憎しの視聴者を惹きつけてきたCNNやMSNBCなどのリベラルメディアのほうが落ち込みは激しいと見られているのは皮肉である。FOXはこれからバイデン政権批判で盛り上がることもできるが、リベラルメディアにとっては、トランプ降板で祭は終わりである。仮にトランプ氏が再選を果たしていれば、そうしたメディアはこれからも4年間、反トランプの視聴者を抱え込むことができたであろう。
トランプ氏の演説は、まるでアニメ映画を見ているようだった。ゆっくりと巨体をゆすりながら登場する姿は、なるほど貫禄と威厳を感じさせた。聴衆に手を振りながら演壇に上がると、歌舞伎役者が見得を切るようにキッと表情を引き締め、アドリブで怒涛のように話し始める。原稿などは見ない。すべてアドリブで延々と話し続ける。同じ言葉の繰り返しが多いのが特徴だが、それもおそらく計算のうえだ。演説は長い。聴衆はいつの間にか引き込まれ、夢見心地のまま聞き入っている。もはやトランプ氏の言葉を疑う気持ちは失せていることだろう。そして演説が終わると、優しいが力強い音楽が流れ(その時々で曲は様々だが)、トランプ氏は親しく聴衆に歩み寄る。歓声が上がり、人々は熱狂する。若者が多い集会ならば、興奮した極右団体と、会場を取り囲む極左団体のいざこざが起きるが、それもトランプ劇場のお決まりの余興のようなものだった。