「知らない人は入って来られない秘密の隠れ家だよ」(60代)と客らが口を揃えて語る『小善酒店』。
京急久里浜駅前の黒船商店街の一角にあるのだが、たしかに通りから店は見えず、その場所はなかなかわかりにくい。
「昔は大通りに面した場所で酒屋も角打ちもやっていたんですが、平成2年に1本奥に引っ込んで自宅を兼ねたここへ移ったんですよ。そしたら、かえってお客さんが増えたかもしれませんね」と女将の小川久美子さん(71歳)。
「人知れず昼間から落ち着いて飲める」(60代、薬局勤務)という路地裏の店は、昭和の空気が積もった壁際に乾き物のつまみが並び、店の真ん中に大きな角打ち台がひとつ。奥の調理場で女将が忙しく動き回り、湯豆腐の白い湯気が静かに揺れる。
一昨年夫に先立たれ、1人店に立つ女将を、「華奢な体でひょいと酒ケースも持ち上げる、久美ちゃん(女将)は働き者。たまには休めって言ってるんだけど、俺らが毎日来るから年中無休だ」(70代、女将の亡き夫の友人)と慕う客らで連日昼間から賑わう。
「みっちゃん(女将の亡き夫)が急に逝っちゃって、悔しいよ。みっちゃんとは14のときからの悪友でさ、晩年は店にもよく顔を出していたんだ。久美ちゃん1人になっちゃったけどここはいつも賑やかだから、あいつも安心かもしれないね」(前述の70代)
「父から2代目を継いで気が付けばもう40年になりますね。毎日11時に店を開けて夜10頃までいらっしゃるお客さんもいるから、店を閉めるのは夜11時。正月くらいしか休みませんよ。皆さんが来てくれるのが嬉しいですからね」と女将は穏やかに語りながら、大事に育ててきたというぬか床を丁寧にかき混ぜる。
「これが安くてうまい一番のつまみだね」といい塩梅に漬かったきゅうりをポリポリ齧る女性客は、「ここはみ~んな仲良し。毎日見る顔ばっかり。商店街を歩いてりゃ挨拶するし、駅で掃除していると声かけてくれるし。久美ちゃんは、明日仕事なんだからほどほどにしてねって私に気遣ってくれるのよ」(60代、清掃業)と話す。