【書評】『理論疫学者・西浦博の挑戦 新型コロナからいのちを守れ!』/西浦博 川端裕人・著/中央公論新社/1600円+税
【評者】与那原恵(ノンフィクションライター)
新型コロナウイルス感染症への世界各国の対応は、その国の体制があらわになった。感染者拡大封じ込めに成功した台湾では、SARS流行(2003年)の失敗の体験を踏まえて策を講じていたといい、危機に対処する底力というべきものを感じた。
日本は近年の世界的感染症流行の大きな被害に直面しなかったこともあり、感染症の備えが諸外国に比べ不十分(専門家や研究者の育成も含む)だったと指摘される。
このたびの未知のウイルスによる感染拡大は混乱が生じるのはやむを得ないにせよ、日本政府の対策は一貫性に欠け、国民が翻弄された面がある。それゆえに国の対策をしっかり監視し、自分の頭で考え行動する意識が国民に芽生えてきたと言えるかもしれない。
「8割おじさん」として知られる理論疫学者・西浦博は、流行制御のため結成された厚生労働省「クラスター対策班」の中心的メンバーで、流行データ分析に取り組んだ。流行初期から「第一波」を乗り切るまでの体験をまとめた本書は、科学分野の著作もある作家・川端裕人が聞き手と構成をし、さらに用語や背景などの解説も加えられ、丁寧かつわかりやすい。
2019年末以来、事態が進行する中で、専門家や研究者たちが素早く海外の情報を入手し、人の行動の変容がウイルス伝播の動態を大きく変えることもデータを基に早々と分析していた。
「専門家会議」や「クラスター対策班」が立ち上がり、感染症対策の「科学的な分析と助言」の重責を担うものの、省庁、政治家、自治体首長がその助言をストレートに受け入れたわけではなく、いつしか書き換えられてしまうことも少なくなかった。そもそも確実なデータそのものを把握することさえ困難だったという内容には愕然とさせられる。
批判にもさらされた西浦は、「科学コミュニケーション」の重要性を訴える。情報公開をした上で科学的な分析を政策に反映させていくことを追求しつづけており、その姿勢に光明を見る思いがする。
※週刊ポスト2021年1月1・8日号