自宅でクリスマスを過ごす人が多い今年は、共に過ごす“相手”を望む一人身が増えるかもしれない。だが、一人の淋しさもあれば、二人でいる淋しさもある。結婚の分岐点をレポートするこのシリーズ。今回は、32歳で「妥協婚」をし、後に離婚した翔子さん。理想を追って結婚できないよりは、妥協して安定した生活を手に入れるべき、と考えた高学歴美女の陥った罠とは。
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◆「萌子さん、妥協しても上手くいかなかったと思う」
「少し前に話題になったAmazon Prime Videoの『バチェロレッテ』(※)で、福田萌子さんの決断が賛否両論をまきおこしましたよね。SNS上には、『妥協しないと結婚できないよ!』なんてマウンティングが見られましたが、私の経験から言わせてもらうと、萌子さん、妥協しても上手くいかなかったと思う」
【※『バチェロレッテ』独身女性が多数の男性のなかから未来の結婚相手を選ぶ、恋愛リアリティーショー番組。初代バチェロレッテを務めたのが福田萌子さん】
翔子(しょうこ)さんは現在45歳。離婚して10年、小学生の息子が一人いる。自身の結婚を「妥協婚」だったと語る翔子さんのこれまでを振り返ろう。
幼い頃から翔子さんは勉強がよくできた。親がとくべつ勉強熱心だったわけでもなく、高校まで塾通いをしていなかったというから、勉強が得意なのは翔子さんの天性のものだったのかもしれない。高校は地元の公立進学校に通い、関西の国立大学に進学した。
「大学に入る前から学者になろうと決めていました。安定志向だし、あまり人とのコミュニケーションが得意じゃないので、民間企業には向いてないだろうと(笑)。私、興味の範囲が狭く深くなんですよ」
女ともだちは少なかったという一方で、学生時代、翔子さんはモテた。教室で他の女子生徒と群れず、一人で本を読んでいる時間の多いクールな雰囲気の翔子さんに、憧れる男子は多かったようだ。
「太陽が苦手で、色白で、病弱に見えるんですよ。それもよかったのかもしれません。ただ私は、男性に特に求めるものがなかったので、いつも顔で選んでいました」
好きなタイプは大沢たかおで、今もそれは変わらないという。