ライフ

【井上章一氏書評】コロナで芸術もパチンコも同列の扱いに

国際日本文化研究センター教授の井上章一氏

国際日本文化研究センター教授の井上章一氏

【書評】『音楽の危機 《第九》が歌えなくなった日』/岡田暁生・著/中公新書/820円+税
【評者】井上章一(国際日本文化研究センター所長)

 いつのころからか、年末には「合唱」をたのしむ集いが、もたれるようになった。音楽愛好家があつまり、ベートーベンの交響曲第九番で、声をあわせる。そんな催しが、日本各地でおこなわれるようになっている。

 しかし、新型コロナとよばれる感染症のはびこる今年は、それがかなわない。作曲家の生誕二百五十周年をいわってよい年だが、実現は困難である。コーラスにさいしては、おおぜいの人びとが大きく息をはき、またすいこむ。そんなことが、今できるはずもない。

 三密をさけろ。たがいに、むらがるな。そうあおられ、しばしば夜の街が槍玉にあげられた。ホストクラブをはじめとする風俗店が、白い眼で見られる対象になっている。あるいは、パチンコも。

 クラシックのコンサートも、今はおおっぴらにひらけない。「合唱」付の「第九」などは論外である。もちろん、それらが、おもてだって指弾されることはない。しかし、活動の自粛を要請される点は、つうじあう。社会は高雅な芸術も風俗営業も、ひとしなみにあつかった。公衆衛生という立場から見れば、どちらも同じようにめいわくな存在なのである。

 このことに、音楽研究者の著者は衝撃をうける。あるいは、うけてみせる。そのうえで、ベートーベンの「第九」、あるいは「第九」的な価値観を問いなおした。

 友よ、いだきあおうだって? 今は無理だ。それに、この歌詞は仲間はずれになるかもしれない人びとを、おきざりにしている。友とみなせない者は、排除してしまうつもりなのか。「第九」だけではない。近代市民社会のポップミュージックは、大なり小なり連帯と絆を強調する。みな、同じ弊におちいっているのである。

 いわゆるコロナ禍に、社会は対面をさけてきた。リモートとよばれる画像でのやりとりを、普及させている。いっぽう、音楽は録音というリモート鑑賞の仕組を、はやくからみのらせてきた。その文明論的な意味合いも考えさせてくれる好著である。

※週刊ポスト2021年1月1・8日号

関連記事

トピックス

水原一平の父が大谷への本音を告白した
《独占スクープ》水原一平被告の父が告白!“大谷翔平への本音”と“息子の素顔”「1人でなんかできるわけないじゃん」
NEWSポストセブン
「オウルxyz」の元代表・牧野正幸容疑者(43)。少女に対しわいせつ行為を繰り返していたという(知人提供)
《少女へのわいせつで逮捕》トー横キッズ支援の「オウルxyz」牧野正幸容疑者(43)が見せていた“女子高生配信者推し”の素顔
NEWSポストセブン
“原宿系デコラファッション”に身を包むのは小学6年生の“いちか”さん(12)
《ド派手ファッションで小学校に通う12歳女児》メッシュにネイルとピアスでメイク2時間「先生から呼び出し」に父親が直談判した理由、『家、ついて行ってイイですか?』出演で騒然
NEWSポストセブン
田村瑠奈被告と、事件があったホテルの202号室
「ひどいな…」田村瑠奈被告と被害者男性との“初夜”後、母・浩子被告が抱いた「複雑な心中」【ススキノ事件公判】
NEWSポストセブン
注目を集めている日曜劇場『御上先生』(TBS系)に主演する松坂桃李
視聴率好調の『御上先生』、ロケ地は「東大合格者数全国2位」の超進学校 松坂桃李はエキストラとして参加する生徒たちに勉強法や志望校について質問、役作りの参考に
女性セブン
ミス京大グランプリを獲得した一条美輝さん(Instagramより)
《“ミス京大”初開催で騒動》「(自作自演は)絶対にありません」初代グランプリを獲得した医学部医学科1年生の一条美輝さん(19)が語る“出場経緯”と京大の「公式回答」
NEWSポストセブン
コンビニを兼ねているアメリカのガソリンスタンド(「地獄海外難民」氏のXより)
《アメリカ移住のリアル》借金450万円でも家賃28万円の家から引っ越せない“世知辛い事情”隣町は安いが「車上荒らし、ドラッグ、強盗…」危険がいっぱい
NEWSポストセブン
『裸ダンボール企画』を敢行した韓国のインフルエンサーが問題に(YouTubeより)
《過激化する性コンテンツ》道ゆく人に「触って」と…“裸ダンボール”企画で韓国美女インフルエンサーに有罪判決「表面に出ていなくても妄想を膨らませる」
NEWSポストセブン
裁判が開かれた大阪地裁(時事通信フォト)
《大阪・女児10人性的暴行》玄関から押し入り「泣いたら殺す」柳本智也被告が抱えていた「ストレスと認知の歪み」 本人は「無期懲役すら軽いと思われて当然」と懺悔
NEWSポストセブン
悠仁さまご自身は、ひとり暮らしに前向きだという。(2024年9月、東京・千代田区、JMPA)
《悠仁さま、4月から筑波大学へ進学》“毎日の車通学はさすがに無理がある”前例なき警備への負担が問題視 完成間近の新学生寮で「六畳一間の共同生活」プランが浮上
女性セブン
浩子被告の主張は
《6分52秒の戦慄動画》「摘出した眼を手のひらに乗せたり、いじったり」田村瑠奈被告がスプーンで被害者男性の眼球を…明かされた損壊の詳細【ススキノ事件公判】
NEWSポストセブン
ビアンカ
《カニエ・ウェスト離婚報道》グラミー賞で超過激な“透けドレス”騒動から急展開「17歳年下妻は7億円受け取りに合意」
NEWSポストセブン