国内

私を「奥さん」と呼ばないで──呼称ハラスメント再考

「奥さん」と呼びかけるのは正解?

「奥さん」と呼びかけるのは正解?

 作家の甘糟りり子氏が、「ハラスメント社会」について考察するシリーズ。今回は、「奥さん」、「お母さん」、「おばさん」…といった呼びかけや「嫁」呼称問題について語る。

 * * *
 古い日本家屋で暮らしているので、修繕を含めた業者さんをよくお願いする。先日は、役所から派遣された三人のシニアがうちにやって来た。初めてお会いする方々だ。もちろん対応するのは私で、名前を名乗って挨拶をしたのだが、いきなりこういわれた。

「じゃあ奥さん、現場に案内してくれるかな?」

「もちろんです。でも、あのう、私、奥さんではないんですが」

「あ、そ」

 現場を見て、どうやって対処するかを話し合う。

「そいでね、奥さん。ここはまずやってみてからでないと」

 その人の言葉が終わり、私が話す番になった時、私はもう一度やんわりとこの家の奥さんではないと伝え、「甘糟です」といってから発言をした。それでも、三人はずーっと私のことを「奥さん」と呼び続けた。

 七十を超えているであろうシニアの方々に、それは立派なハラスメントだと指摘したところで事態が変わりそうでもないし、お互い多少の気まずさが残るだろう。仕方がないとあきらめた。けれど、私には結婚歴はないし、奥さんと呼ばれる筋合いはない。

 こうやってあきらめてしまうから、家にいる女の人は「奥さん」か「お母さん」で一括りにされてきたのだ。などと書くと、めんどうくさいと思う人がいるかもしれない。シニアの方たちと話している最中、よく見知った配達の方が別件でうちに来て、私が奥さんと呼ばれている場面に居合わせ、一瞬クスッとなってしまい、ハッとしてからすまなさそうに頭を下げていった。彼は何にも悪くないのに。あー、めんどくさ。そういいたいのはこっちのほうだ。

 少し前のこと、夜遅く、自宅近くの江ノ電の線路を越えたところで警官に止められた。一時停止無視だった。線路の前でブレーキを踏んで完全に速度ゼロにしなければならないのに、私は減速しただけで通ってしまった。江ノ電が走っていない時間帯とはいえ、ルールを破った私が悪い。そこは反省します。

 警官は警笛を吹きながら車を停止させ、こちらにやってきた。

「お母さん、今、ちゃんとブレーキ踏みました?」

「すみませんでした。で、お母さんって私のことですか? 私に子供はおりませんが」

 警官の正確な年齢はわからないが、私の伝えたいことはなんとなくわかったらしかった。年齢で判断しようとしている私も差別をしている。これはよくない。

「ああ、それはすみませんでしたね。ええっと…」

 警官が言葉に詰まったので、鞄から免許証を出して渡しながら、呼ばれる前につけ加えた。

「ちなみに、私、奥さんでもありませんので」

 日本語って、こういう時にとりあえず使える代名詞はないのである。マダムとかムッシュー、もしくはレディとかメン、みたいに。おばさん、もしくは、おじさん、と呼びかけたら、どうしてもそこに侮蔑的な意味合いが生まれてしまう。私たちはおばさんやおじさんという言葉をドライには発せられないし、受け取れない。

 しかし、名前のわからない他人に呼びかける時、無理やり性別を含めなくてもよいのではないだろうか。奥さん、お母さん、お父さんではなくて、ただ普通に「あなた」といえば済む。

 SNSで、人気のお笑いコンビが嫁の呼称問題について、いちいちそんなことをいわれると「何を話していいのかわからなくなる」と嘆いたという記事を目にした。伝聞の形をとっているので確かではないが、そういう気持ちはわかる。私もこうして文章を書いたり物語を作ったりする際、自分の意に沿わない受け止められ方をして揚げ足を取られないだろうかと怖くなることが多々ある。人々の意識が進んで、発信側の意思ではなく受け止め側が不快に思わないかどうかが優先されるようなった。大げさだけれど、「文化より人権」なのだ。

 件のお笑いコンビは、嫁だけでなく、奥さん、家内の呼称もダメと聞き、「もうそういう文句をいってくるやつはゴミだ」とまでいったとか。だとしたら、私もゴミである。無意識でも、というか、無意識に女性のパートナーのことを嫁と呼ぶ習慣は捨てていかなければならない。無意識なのは余計にたちが悪い。ゴミといわれても、主張を止める気はない。

 言葉など時代の空気で変わっていくもの、嫁という単語をいちいち家に女と書く女性蔑視と受け取るのは時代遅れという意見もあるそうだ。しかし、やっと夫婦別姓が論じられる時代になったのだから、悪しき過去のニュアンスは積極的に捨てていくべきだと私は思う。「嫁」呼びはダサい。

関連記事

トピックス

SNSで出回る“セルフレジに硬貨を大量投入”動画(写真/イメージマート)
《コンビニ・イオン・スシローなどで撮影》セルフレジに“硬貨を大量投入”動画がSNSで出回る 悪ふざけなら「偽計業務妨害罪に該当する可能性がある」と弁護士が指摘 
NEWSポストセブン
女優の広末涼子容疑者が傷害容疑で現行犯逮捕された(左/時事通信フォト)
広末涼子の父親「話すことはありません…」 ふるさと・高知の地元住民からも落胆の声「朝ドラ『あんぱん』に水を差された」
NEWSポストセブン
筑波大学の入学式に出席された悠仁さま(撮影/JMPA)
悠仁さま、入学式で隣にいた新入生は筑附の同級生 少なくとも2人のクラスメートが筑波大学に進学、信頼できるご学友とともに充実した大学生活へ
女性セブン
漫画家・柳井嵩の母親・登美子役を演じる松嶋菜々子/(C)NHK 連続テレビ小説『あんぱん』(NHK総合) 毎週月~土曜 午前8時~8時15分ほかにて放送中
松嶋菜々子、朝ドラ『あんぱん』の母親役に高いモチベーション 脚本は出世作『やまとなでしこ』の中園ミホ氏“闇を感じさせる役”は真骨頂
週刊ポスト
都内にある広末涼子容疑者の自宅に、静岡県警の家宅捜査が入った
《ガサ入れでミカン箱大の押収品》広末涼子の同乗マネが重傷で捜索令状は「危険運転致傷」容疑…「懲役12年以下」の重い罰則も 広末は事故前に“多くの処方薬を服用”と発信
NEWSポストセブン
『Mr.サンデー』(フジテレビ系)で発言した内容が炎上している元フジテレビアナウンサーでジャーナリストの長野智子氏(事務所HPより)
《「嫌だったら行かない」で炎上》元フジテレビ長野智子氏、一部からは擁護の声も バラエティアナとして活躍後は報道キャスターに転身「女・久米宏」「現場主義で熱心な取材ぶり」との評価
NEWSポストセブン
人気のお花見スポット・代々木公園で花見客を困らせる出来事が…(左/時事通信フォト)
《代々木公園花見“トイレ男女比問題”》「男性だけずるい」「40分近くも待たされました…」と女性客から怒りの声 運営事務所は「男性は立小便をされてしまう等の課題」
NEWSポストセブン
元SMAPの中居正広氏(52)に続いて、「とんねるず」石橋貴明(63)もテレビから消えてしまうのか──
《石橋貴明に“下半身露出”報道》中居正広トラブルに顔を隠して「いやあ…ダメダメ…」フジ第三者委が「重大な類似事案」と位置付けた理由
NEWSポストセブン
小笠原諸島の硫黄島をご訪問された天皇皇后両陛下(2025年4月。写真/JMPA)
《31年前との“リンク”》皇后雅子さまが硫黄島をご訪問 お召しの「ネイビー×白」のバイカラーセットアップは美智子さまとよく似た装い 
NEWSポストセブン
異例のツーショット写真が話題の大谷翔平(写真/Getty Images)
大谷翔平、“異例のツーショット写真”が話題 投稿したのは山火事で自宅が全焼したサッカー界注目の14才少女、女性アスリートとして真美子夫人と重なる姿
女性セブン
フジテレビの第三者委員会からヒアリングの打診があった石橋貴明
《中居氏とも密接関係》「“下半身露出”は石橋貴明」報道でフジ以外にも広がる波紋 正月のテレ朝『スポーツ王』放送は早くもピンチか
NEWSポストセブン
女優の広末涼子容疑者が傷害容疑で現行犯逮捕された
〈不倫騒動後の復帰主演映画の撮影中だった〉広末涼子が事故直前に撮影現場で浴びせていた「罵声」 関係者が証言
NEWSポストセブン