東京オリンピックの「1年延期」は、多くのアスリートの運命を狂わせた。原因となった新型コロナウイルスの感染拡大により、トレーニング内容の変更も迫られた。相手と密着することが不可避な競技、たとえば柔道への影響は大きく、代表選考の行方にも影響を及ぼした。
メダルラッシュが期待される柔道において、男女の全14階級のうち、代表が唯一、決まっていなかったのが男子66kg級だった。すでに女子52kg級の代表に内定していた3歳下の妹・阿部詩(20)と共に五輪本番での兄妹同日Vが期待される阿部一二三(23)と、2019年の東京世界選手権王者である丸山城志郎(27)──。
昨年4月に予定されていた最終選考会が延期となり、柔道界では異例のワンマッチが12月13日に行われた。まさしく天下分け目の一戦を制したのは阿部だった。
「ようやくスタートラインに立てた。やっと何も気にせず、妹と一緒に金メダルを目指すと言うことができます」
日本刀のように切れ味鋭い内股を得意とする丸山に対し、豪快な担ぎ技で相手を投げ倒していく攻撃柔道が持ち味の阿部。互いの手の内を知り尽くし、通算戦績が丸山の4勝3敗と拮抗する両者の実力にあえて「差」を見つけるならばスタミナ面だった。
本戦4分で勝負がつかなければ、延長戦(ゴールデンスコア)に突入し、勝敗が決するまで時間無制限となる現行ルールにおいて、延長に入ってから阿部がガス欠を起こし、丸山に隙を突かれるのがこれまでの阿部の負けパターンだった。阿部は言う。
「コロナの自粛期間で、走り込みを十分に行えたことが(代表決定戦に関しては)幸いしたと思います。常に前に出続ける」
かたや24分に及んだ試合の末に敗れた丸山は「これからも柔道人生は続く」と前を向いた。
また男子100kg級のウルフ・アロン(24)は右ヒザの手術を行ったばかりだったが、延期によってリハビリ期間が長く設けられて幸いした。
レポート/柳川悠二(ノンフィクションライター)と週刊ポスト取材班
※週刊ポスト2021年1月15・22日号