【著者に訊け】小野寺史宜氏/『今夜』/新潮社/1550円
【本の内容】
試合に負けたボクサー、借金を背負った女性タクシードライバー、仕事も夫婦関係もうまくいかない警察官、その妻の高校の国語教師。東京に住む4人の人生が交錯する夜を描く。それぞれが善と悪の狭間に身を置いて、悩み、すれ違い、濃密にかかわり、やがて次の夜がやってくる。生きていることがいとおしく感じられる、書き下ろし長編小説。
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背筋がピンと伸び、ぜい肉はどこにも見当たらない。ボクサーか修行僧のような空気をまとった小野寺史宜さんは、夜が好きだという。「早く暮れてくれないかな」とよく思うそうだ。新作の『今夜』でも、夜の東京を舞台にした人間ドラマを書いた。
「夜が来るとホッとするんです。闇に包まれる感じがあって、自分と向き合えるからかな。街を歩くときも、夜の方が疲れもストレスもなく、どこまでも歩けるような気がしますね」
この小説に書かれているのは時間的な夜だけではない。4人の登場人物の心の中にある、昼とは違う夜の面が現れる。小さなごまかしもあれば、暴力、不倫もあるが、夜だったら自分も境界線を越えてしまうかも、と思わせるような、リアルな感情の揺れが描かれる。
もう1つ、小野寺さんが書きたかったのが東京の街だ。23区内のJRで最も東の小岩駅、西の西荻窪駅、南の蒲田駅、北の浮間舟渡駅の近くに、登場人物が住んだり勤務したりしていて、このエリア内で物語は進んでいく。
「東京は知らない人同士が出会っても違和感がない。人の密度は高いけど、互いに知りもしないという距離感がいいんです」
小野寺さんの作品はリンクが張り巡らされているように、同じ人物、映画、お店などが他の小説にも登場する。それがファンの楽しみでもある。『今夜』に出てくる優菜は『タクジョ!』のタクシー会社の運転手だし、ボクサーの蓮児のその後は『食っちゃ寝て書いて』で明らかになる。小野寺さんの頭の中では世界は1つ。それが1作ごとにどんどん広がっていくのだ。
こうして惜しげもなく制作過程を明かしてくれる小野寺さんからは、小説を書く喜びが伝わってくる。執筆は毎朝4時半から10時までと生活もストイックだ。
「なるべく疲れていないうちに書きたいんです。頭が少しでも曇るといいものは出てこないので」
毎日1時間、買い物を兼ねて歩くのが気分転換になっている。
「モノを考えるのにちょうどいいんですよね。歩くと自然に思考に移れて集中できる。靴の底がすぐ減っちゃって、幼児の靴みたいにキュッキュと音がする。ぼくが住んでいる千葉では、すれ違う人に聞こえちゃうんですけど、東京だと街の音があるから聞こえないんです」
【プロフィール】
小野寺史宜(おのでら・ふみのり)/1968年、千葉県生まれ。2006年「裏へ走り蹴り込め」でオール讀物新人賞を受賞。2008年にポプラ社小説大賞優秀賞を受賞した『ROCKER』で単行本デビュー。2019年に『ひと』が本屋大賞第2位にランクインし、ベストセラーに。ほかの著書に『リカバリー』『ひりつく夜の音』『夜の側に立つ』『タクジョ!』『食っちゃ寝て書いて』『今日も町の隅で』など。朝4時起床。午後は昼寝をしてから午前中に書いた原稿を推敲する。作品はほとんどが書き下ろしだという。
取材・構成/仲宇佐ゆり 撮影/政川慎治
※女性セブン2021年1月28日号