安倍晋三・前首相、そして“安倍路線”を継承する菅義偉首相が目標として掲げる「女性の社会進出」。必死の旗振りも虚しく、その歩みは遅々としているが、男性社会に風穴を開ける女性はどんな時代にも存在する。
東京・秋葉原に、仕入れや経営まですべて女性だけでこなす寿司店「なでしこ寿司」がある。2010年にオープンし、2014年に、世界初の女性寿司職人専門店となった。店長として切り盛りするのが、寿司職人の千津井由貴さん(34才)だ。
「美大を卒業後は、百貨店に就職して食品部門で働いていました。学生時代に銀座の寿司店でアルバイトしていたことから、“いつか自分の手で、一から寿司をつくってみたい”という思いがあったんです。24才のとき、『なでしこ寿司』のオープニングスタッフ募集を目にしたのが、寿司職人を志すきっかけになりました」(千津井さん・以下同)
しかし、そのときのなでしこ寿司は、千津井さんの思い描いていた場所ではなかった。当時は「女性だけの店」という点だけが注目され、ナンパ目的やガールズバー感覚で来る客ばかりだったという。
「2010年は、メイド喫茶の全盛期です。当時のなでしこ寿司も、本格的な寿司店ではなく、“女性が握る”ということを売りにしたお店で、裏方は男性。“女はカウンターに立っていればいい”という空気さえありました。
でも、私は伝統を守りながら新しい挑戦をする寿司職人になりたかった。だから、なでしこ寿司で働きながら、学生時代に働いていた寿司店で修業を続けました。なでしこ寿司を本当の意味で、女性がつくる寿司店にしたかったのです」
“女性は手が温かいからネタの鮮度が落ちる”“生理が味覚に影響する”──根拠のない差別と闘い、「女に売るものはない」と一蹴する仲卸店に頭を下げて開拓し、2014年に店長に就任。日本で初めて、女性だけで切り盛りする、本格的な寿司店をつくることに成功した。
「食べる前から“女が握る寿司は……”と言われたり、冷やかしで来た同業者がつまみしか食べずに帰ったり、お客さんに土下座を強要されたこともありました。私はネタを握る前に氷を入れた手酢で手指を冷やしますが、これは男性職人も当たり前にやること。性別が寿司の質に影響する根拠はありません」
現在は週に3日、豊洲市場で仕入れ、店で仕込んだ後、夕方になると店を開く。「いつか寿司職人が女性の憧れの職業になるよう広めたい」。
先陣を切って走る若き大将は、前だけを向いている。
※女性セブン2021年1月28日号