【書評】『認知バイアス 心に潜むふしぎな働き』/鈴木宏昭・著/講談社ブルーバックス/1000円+税
【評者】香山リカ(精神科医)
去年ほど情報に振り回された年はなかったのではないか。新型コロナウイルス、アメリカ大統領選挙など、おびただしい情報がネットやメディアにあふれた。その状態はパンデミックならぬ「インフォデミック」と呼ばれ、かえって私たちを混乱に陥れた。なぜか。情報があればあるほど、そこから正しいものを選ばなければならなくなる。その取捨選択をするのは、ほかならぬ自分だからである。
本書には、しっかりした人であってもその心には“見方、考え方のクセ”があり、それが正しい判断を遠ざけていることが、多くの実例とともに示されている。誰でも持つその“心のクセ”が、認知バイアスと呼ばれるものなのだ。
たとえば新型コロナに関しても「たいへんだ」と深刻にとらえる人と「カゼと同じようなもの」と楽観視する人に分かれ、専門家も巻き込みいまだに対立が続いている。これは、最初の印象が決まるとそのあとはそれを裏付けてくれる情報にしか注意が向かない、という「確証バイアス」と呼ばれる心の働きによるもので説明がつく。
また近年は感動を呼ぶ物語が賞賛されがちだが、この「情動的共感」と呼ばれる認知メカニズムは時として集団を危うい方向に導くこともあるという。コロナでも個人の印象的な体験がクローズアップされ、「だからこうだ」と拡大解釈され一般化されることがある。
著者はこういった認知バイアスをすべて“悪”ととらえているわけではなく、うまく使うことで人びとにソフトに働きかけ、強制力なく社会を良い方向に導くこともできると言う。とはいえ、導かれた人が「しまった、だまし討ちにあった」と思うようでは困る。
深層心理学や精神分析学ほど掘り下げない。しかし、ただの錯覚よりは深い。そんな心の働き「認知バイアス」は、とくにこの時代を生き延びるためには欠かせない知識だ。読者に解かせるちょっとした問題も豊富で、頭の体操にもなる。「泣ける本」「笑える動画」に飽きた人に、ぜひおすすめしたい一冊だ。
※週刊ポスト2021年1月29日号