【受賞者の言葉】
大貫智子氏「ただ、お互いを必要とした夫婦」
幼い頃からノンフィクションは好きだった。しかし自分が書くことになるなど、考えてみたこともなかった。
日本統治時代の出会い、北朝鮮・元山での新婚生活、朝鮮戦争による韓国への避難、そして国交がなく果たせなかった家族の再会。これだけ壮大なストーリーをどこからどう伝えたらいいのか。ある時は優れたノンフィクション作品、ある時は恋愛小説に筆運びを学ぶ日々だった。気が付けばソウル特派員時代の2016年に取材を始めてから4年以上が過ぎていた。
何とか書き切ることができたのは、夫婦が交わした数々の手紙や作品の世界を日本でも伝えたいという使命感のようなものがあったためだろう。
日本語で書かれた李仲燮の手紙は愛情にあふれながら、しばしば苛立ちを爆発させていた。方子さんはそんな彼を画家の妻として理解し、支えようとした。2人の夫婦の物語は、民族や国家、戦争といった難しいテーマを超越していた。理屈抜きに、ただ、お互いを必要とした。取材を進めるにつれ、そうシンプルに受け止めるようになっていった。
新型コロナウイルスの感染拡大により、ある日突然大切な人に会えなくなることを私たちは知った。方子さんはそれを半世紀以上前に経験しながら、今も胸に夫を抱いて生きている。取材を通じ、人が幸せに生きるとはどういうことなのか、考えさせられた。そんな私の作品に込めた思いが、多少なりとも評価していただけたのではないかと感謝している。
【プロフィール】
大貫智子(おおぬき・ともこ)/1975年神奈川県生まれ。早稲田大政治経済学部卒。2000年毎日新聞社入社。政治部、ソウル特派員、論説委員などを経て2020年4月より外信部副部長。2012年には元山などを取材した。
※週刊ポスト2021年1月29日号