アメリカの政権交代は、心配された暴動などもなく静かに行われた。バイデン新大統領は、就任初日から「脱トランプ政策」を急ピッチで進めているが、それを悲しい目で、口惜しい気持ちで見ている国民も少なくない。必ずしも過激派ばかりではない。ニューヨーク在住ジャーナリスト・佐藤則男氏が、日本人が見落としているアメリカ人の本音をリポートする。
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コネチカット州にあるウィークエンドハウスで、掃除や洗濯などの仕事を頼んでいるアンナという女性がいる。東欧からの移民で、年のころは50歳くらい。かれこれ15年ほど、今の仕事をお願いしている。
とても朗らかな女性で、床に丁寧にモップをかけてくれる。よくはしゃぎ、甲高い声を出しながら家の中のことをやってくれるが、最近はおとなしいのが気になっていた。筆者がリビングのテレビで大統領選挙や政権交代のニュースを見ていると、元気なく片手でモップを押している。たまに手を止めて、じっとテレビを見ていることに気が付いた。横目で彼女の様子をうかがうと、またテレビをチラチラ覗く。画面にはトランプ前大統領が映っていた。
思い切って聞いた。「あなたはトランパー(トランプ支持者)なの?」。図星であった。別に隠すことではない。なぜ筆者にも言わなかったのか、単刀直入に質問した。
「私は社会主義の国から亡命してきました。生まれた国を捨ててアメリカに逃げてきたのです。苦労してやっと滞在が許可されて、こうしてアメリカで暮らしています。アメリカは、自分たちで働き、食べていければ、あとは自由が勝ち取れます。すばらしい国です」
アンナはそう言う。彼女には息子がいるが、すでに働いている。そして、来年は大学に進学するのだという。筆者はまず、「なにも隠れてトランプ氏の出ているテレビを見なくてもいい。見たければ堂々と見ていいですよ」と伝えた。アンナはやっと笑顔に戻り、熱心に見入っている。よほどトランプ氏がお気に入りの様子だ。「なぜトランプ氏をそんなに支持するのか」と聞いてみると、こんな答えが返ってきた。
「リベラル勢力に政権を取らせると、真面目に働いて、お金を節約し、家族の将来のために貯金している私たちから高い税金を巻き上げ、働かない人たちに配ってしまいます。そんなことを許してはいけないのです。
私の生まれた国はロシアに支配され、私たちが貯めたお金を取り上げました。私たちは抗議デモをしました。そして、警察につかまりました。私は知り合いに騙されてデモに参加したことを打ち明け、なんとか釈放されました。それからアメリカにいた親戚を頼り、移民したのです。私の家族は皆、トランプ支持です」