【書評】『浪花節で生きてみる!』/玉川奈々福・著/さくら舎/1600円+税
【評者】与那原恵(ノンフィクションライター)
昨年暮れ、浪曲師・玉川奈々福の公演を聴いた。自らがつくった新作のみをやる連続シリーズだ。江戸で囁かれる赤穂浪士討ち入りの噂。それをネタに一儲けするしたたかな婆さんと庶民を、フェイクニュースに翻弄される今日とも重ねた演目。それから、歌舞伎の演目「研辰の討たれ」(野田秀樹版)を浪曲に仕立て、演じ切った。
歯切れのよい啖呵(語りの部分)と節(歌うような部分)が織り交ぜられ、曲師(三味線奏者)沢村豊子の音がストーリーを盛り立てていく。バラシ(一席の最後の節)は天まで届けというばかりの勢いがあり、そして鮮やかな幕切れとなる。とくに後者は、三味線、鳴り物、舞台袖からの掛け声を駆使した斬新な演出が見事だった。
終演後、コロナ禍のひっそりとした街を歩いたが、こんなことにくじけちゃいけねえ、生きてみせようじゃないか、と浪曲の登場人物さながらにうなったのであった。私もこの話芸の「魅惑の沼」にはまったひとりなのだろう。
奈々福は出版社の有能な編集者だった(私も二冊担当してもらった)。一九九四年に習い事のつもりで日本浪曲協会主催の三味線教室に参加。翌年、二代目玉川福太郎に入門し、曲師として修業を重ねるうちに、師匠の勧めで浪曲師として活動することになる。
二足のわらじを履く歳月だったが、福太郎師匠をはじめ、経験豊富な曲師や浪曲師が、寄って集って彼女を育てていく。無償の愛、こんな人情が今も息づく場があるとは、泣ける。ときに厳しく教えられ、それを全身で受け止めた奈々福は精進に励んだ。出版社を退職し、人気浪曲師となった。
早くから新作に取り組み、プロデュース能力も発揮していったのは、浪曲を現在に生きる芸能として発展させたいという思いからだ。近年は若手も多く入門し、浪曲界は華やいでいる。
※週刊ポスト2021年2月5日号