本選開始前のことだった。急きょ、主催者の山田さんと女性レスラーのエキシビションマッチがサプライズで組まれた。結果は女王の山田さんの貫録の勝利。
観客を驚かせたのは、その腕力だけではない。山田さんのお腹はポッコリとしていて、お腹の中には赤ちゃんがいたのだ。大会直前、妊娠中であることを自身のYouTubeチャンネルで公表したばかりだった。
「いま妊娠8か月です。まさか自分で試合をするとは思ってなかったですね(笑)。お医者さんからは“無理してはいけない”と言われてましたが、あの台に立つと、妊娠しているということを忘れちゃうんですね。勝ちはしましたが、妊娠前の半分も力が出なくなったことは悔しかった」
7才、5才の男の子と3才の双子の男女を育てる、4児の母でもある山田さん。2019年のポーランドで開催されたワールドカップには、当時6才の長男を会場に連れて行き、ママが世界チャンプになる瞬間を見せられたという。
「私の力の源は、応援してくれている人たちであり、子供たちです。ポーランドに連れて行った長男は、ママが強いというのはわかっていたからか、私の試合中にはゲームに熱中していましたね(笑)。また次のワールドカップには、お腹の子供も含めて、子供たちをみんな連れて行って、金メダルを見せてあげたい」
若い世代が多いアームレスリングのトップアスリートたちのなかで、44才の山田さんは異色の存在だ。
「2019年のワールドカップでは周りの選手がみんな20代。会場に入ったときは『ここは私の居場所なのか……?』と戸惑いました。でも日本のために、私がメダルを取らなきゃいけないという思いで、頭を切り替えて戦いました」
まもなく出産を控えている山田さんからは、これからもトップであり続ける強い意思を感じた。
「まだ引退はできないです。なぜなら、まだ勝っているから。私がいくらやってもダメな状態であれば諦めがつきます。でもまだ戦えている。
出産後はすぐに全日本連覇に向けて本格的なトレーニングを開始しようと思っています。不思議なことに、年齢を重ねるごとに、さらにやりがいが出てきました。負けることを年齢のせいにされるのはイヤだし、子供がいるから弱くなったとも言われたくない。どんな言い訳もしたくない。
自分の年齢はわかっています。でも、この年齢でもトップを取れることを証明して、世のママさんたちを勇気づけたい」
年齢や出産がともすれば「キャリアの壁」になりうるのはどこの世界でも同じである。しかし山田さんはその壁を壊す姿を見せて、応援してくれている人たちや、子供たち、全国の子育てに奮闘するお母さんたちを元気にしたいと語る。