「なんだ? オレのタマ(命)でもとってみるか?」。舘ひろし(70才)の口元に浮かぶ笑みが消えるのと同時に、右手に握った湯飲みの水が、敵対組織の幹部の顔面をびっしょりと濡らしていた。舘の咆哮が響く。
「このチンピラが!」──。
公開中の映画『ヤクザと家族 The Family』で舘が演じるのは暴力団の組長。無頼の生活を送る若き不良の綾野剛(39才)を“ヤクザという家族”に迎え入れるが、時代の流れのなかで、組員やその家族までもが「ハンシャ(反社)」として追い詰められていく。冒頭は、普段は穏やかな舘が凄みを見せる重要な場面だ。
「舘さんが徹底的にこだわったシーンでした。湯飲みを持ち上げるタイミングや所作に迫力を持たせようとすると、敵対ヤクザ役の豊原功補さん(55才)にうまく水がかからない。何度も何度もリハーサルをし、撮影しては床やテーブルを拭いたり、壁を乾かしたり、衣装を着替えたりを繰り返し、舘さんも何度もモニターをチェックして鬼気迫るシーンが完成しました」(映画関係者)
ハードボイルドなイメージの舘だが、現役のヤクザを演じるのは、これが初めてだという。たしかに代表作の『あぶない刑事』をはじめ、舘といえば刑事役。舘は「自分のイメージを壊すリスクもある。石原プロとしてもこのご時世で“ハンシャ”の役はやらせたくなかった。それでもこの役はやるべきだと感じた」と語っている。本作品で監修・所作指導をした作家の沖田臥竜さんが明かす。
「舘さんと綾野さんが親子盃を交わす『盃事』のシーンで、舘さんは“セリフが多すぎないか”と違和感を持ったそうです。他人の大人が“親子”になろうという神聖な儀式では、言葉は少ない方がいいと感じたのでしょう。私から、“現実には盃事の最中は無言を貫く親分もいれば、よく話す親分もいる。舘さんがどういう親分を演じたいかでしょう”と助言すると、舘さんはじっと考えて、セリフをごくシンプルにし、インパクトのあるものに変えた。舘さんは自分の“親分像”に渡哲也さん(享年78)を重ねているのだ、と納得しました」
舘自身、雑誌のインタビューでこう語っている。
「この役を演じるうちに、渡さんを追っているような気がしていた。渡さんならこう演じただろうとか、渡さんならこんなふうにしゃべっただろうとか」
さらに初日舞台挨拶で「誰に観てもらいたいか」と問われると、「亡くなった渡さん」と感慨深げに語った。
※女性セブン2021年2月18・25日号