【書評】『衆議院事務局 国会の深奥部に隠された最強機関』/平野貞夫・著/白秋社/1800円+税
【評者】岩瀬達哉(ノンフィクション作家)
国民生活にかかわる課題を解決し、政治スキャンダルなどの疑惑を解明する国権の最高機関が国会である。同時にここは、恣意的な論戦によって「政局のイニシアチブを握ろう」とする権力闘争の場でもある。
その舞台裏で「政治家の暴走を止める『日本最強の組織』」が衆議院事務局だ。著者は、60年安保闘争の年、吉田茂元首相の縁戚にあたる林譲治元衆議院議長の推薦で衆議院事務局に就職。33年におよぶ事務局勤務を通し、「権力の本能で動いている」与党の政治家たちの無理難題を「政治の秤」にかけ、妥協点を探ってきた。
一種のアレルギーから法案に反対する野党幹部に対しては、「世界中から批判」されるデメリットと、ギリギリ呑める案で得られるメリットを示し、党内や支持団体の不満を治める知恵を授けてきた。「憲法原理を護る」というブレない姿勢は、与野党の政治家のみならず、歴代衆議院議長の信頼も厚く、数々の秘密会談にも同席している。
ロッキード事件では、布施健検事総長が前尾繁三郎衆議院議長に、田中角栄元首相が「議員バッジを外してくれれば逮捕しないので、説得してほしい」と懇請する場に立ち会った。「前尾議長は電話で説得したが、田中前首相は『ロッキードからのカネは絶対にもらってない』」として、この説得は失敗に終わっている。
かたや中曽根康弘幹事長が捜査の手から逃れえたのは、フィクサーの児玉誉士夫が証人喚問の直前に倒れ、国会への「不出頭届」が出されたからだった。そこにはもうひとつの裏があり、「国会医師団が児玉邸に調査に行く当日、主治医の喜多村医師が……『フェノバール』と『セルシン』を注射した」。これによって「完全に眠り込んだ状態」となり、尋問には何ひとつ答えられず、疑惑は闇に葬られたのだという。
欲望とエゴが渦巻く世界にあって、常に国家と国民の立場を貫いた人だけに、現在の衆議院事務局への失望は深い。
※週刊ポスト2021年2月19日号