企業や商品を愛してくれるファンを大切にすることをベースにして、中長期的に売り上げや事業価値を高めていく「ファンベース」という考え方がある。諏訪中央病院名誉院長の鎌田實医師が、まさにファンベースによって東日本大震災を乗り越え、成長してきた福島県南相馬市に本社があるクリーニング会社の事例を紹介する。
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東日本大震災が起きてからもうすぐ10年になる。南相馬市に本社がある北洋舎クリーニングは、2015年で震災前の売り上げを超え、復興をけん引してきた。公共投資に関係する企業以外では珍しいことだ。それができたのも、働く人や地域を大事にするファンベースという考え方があったからだろう。
北洋舎の高橋美加子社長には、ぼくもお世話になっている。福島第一原発から20キロ圏の中にある南相馬市の小高地区に支援に入ったとき、高橋社長に人を集めてもらい、どんな支援が必要か聞き取りをした。
高橋社長が関わっている「つながろう南相馬」という住民組織から、被災者たちの閉塞感を和らげてほしいと、講演を依頼されたこともある。そのとき、サプライズゲストとして、さだまさしさんを連れて行った。避難所の体育館に、なんと1000人以上が集まった、その光景は今でも忘れられない。
北洋舎は震災前、「早くて、安い」を売りものにする全国チェーン店に負けそうになっていた。それでも、丁寧な仕事をすることでファンをつなぎとめていた。
震災後、チェーン店は撤退。厳しい状況のなかで、社員を一人も辞めさせず、むしろ働き方改革を進め、学齢期の子どもをもつ社員が働きやすいように勤務時間を変更したりした。工場も、2度にわたって働きやすい環境に変えた。希望があれば、撤退したチェーン店の元社員も雇った。
さらに、高橋社長は地域の子どもたちが安全に勉強できたり遊んだりできるよう、環境改善運動や文化活動など、地域貢献してきた。これも、ファンの心をつかむ結果になったように思う。
長く続く不景気に、コロナ禍が加わった今、厳しい状況を乗り越えるのは、こうしたファンを多く持ち、地域から信頼される企業だと思う。
【プロフィール】
鎌田實(かまた・みのる)/1948年生まれ。東京医科歯科大学医学部卒業後、長野県の諏訪中央病院に赴任。現在同名誉院長。チェルノブイリの子供たちや福島原発事故被災者たちへの医療支援などにも取り組んでいる。著書に、『人間の値打ち』『忖度バカ』など多数。
※週刊ポスト2021年2月26日・3月5日号