マスク着用生活が続くコロナ禍では、呼吸の浅さに悩みを抱える人が増えているという。整体師で楽健道協会代表理事の京谷達矢さんは、マスク着用が恒常化しているいま、多くの人が平常時の6割ほどしか酸素を吸えていないと指摘する。
「肺に新鮮な酸素をたっぷり取り込むためには横隔膜のしなやかな動きに加え、深い呼吸が不可欠です。ところがいまは普段以上に全身がこり固まり、自粛生活のストレスで横隔膜の動きが鈍っている。そのうえ、マスク越しに息を吸うため呼吸が浅くなってしまっているのです」(京谷さん)
恐ろしいのは、酸欠状態が続いて横隔膜のこわばりがさらに悪化すると、鼻呼吸そのものがおぼつかなくなることだ。
「胸だけを動かす胸式呼吸に比べ、お腹を膨らませたりへこませたりして行う腹式呼吸は取り込める酸素の量が多く、健康効果も高い。ところが、横隔膜を正しく動かせなければ腹式呼吸はうまくできません。実際、クリニックに来院する人のほとんどが上手に腹式呼吸ができていない状態です」(京谷さん)
東京女子医科大学で高血圧・内分泌内科教授を務める市原淳弘さんも「筋肉量の少ない日本人はそもそも腹式呼吸が苦手な人が多い」と言う。
「加えて、テレワークで前かがみの姿勢が続くことでも横隔膜は動かしづらくなり、さらに呼吸に支障が出ます」(市原さん)
マスク越しの呼吸で酸素がうまく取り込めず、横隔膜の動きが鈍って腹式呼吸ができなくなり、さらに酸欠になっていく──。
こんな“負のスパイラル”を打開する方法が意外にも和楽器の演奏法にある。『「密息」で身体が変わる』(新潮社)を著した中村明一さんは、尺八の奏者だ。
「西洋から腹式呼吸の方法が伝わる前から、尺八奏者はほぼ息継ぎなしにもかかわらず、大きな音で演奏ができていました。なぜこんなことができたのか。それは胸筋や腹筋ではなく、腹部の深層筋を使い、お腹を膨らませたまま肺に空気を送り込む、日本古来の“密息”とよばれる呼吸法を行っているからです」
手順は以下。まずは骨盤を立て、浅めにいすに座る。
「背中を直立させたまま、前傾姿勢になって骨盤を倒し、お腹を膨らませながら息を口から吐いてください。吐ききったら今度は鼻から吸いますが、このときも膨らんだままのお腹をキープするつもりで吸うこと」(中村さん)
お腹を膨らませたまま呼吸できるのかと心配になるが、やってみると意外と簡単だ。
「日本人が着物を着て生活していた時代は、帯でお腹を締めていたので、この密息という呼吸法が普通でした。静かな呼吸ながら大量の空気を取り込むことができ、かつ大腰筋の鍛練にもつながって体幹が安定、精神安定にも寄与するという効果も見込めます」(中村さん)
はじめは1日30回を目安に行ってみるといい。
腹式呼吸をせずに深く酸素を取り入れる方法はほかにもある。市原さんが推奨するのは「片鼻呼吸」だ。
「鼻呼吸には副交感神経を優位にして血圧を下げる効果があります。加えてそれを片鼻ずつ行うことで酸素の通り道が1点に固定され、深い呼吸が可能になります。まずは右手の親指で右鼻を押さえて左鼻からゆっくり息を吸い、両鼻を押さえていったん息を止めます。その後、左鼻だけを押さえて、右鼻からゆっくり息を吐いてください。これもまずは1日2回を目安に、6回まで増やしていくといいでしょう」(市原さん)
※女性セブン2021年3月4日号