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残留農薬検査、現場ルポ 食卓の安全・安心はこうして守られる

スナップエンドウの残留農薬検査の一場面。細かくするため下処理をしている。

スナップエンドウの残留農薬検査の一場面。細かくするため下処理をしている。

 白衣姿の女性が、包丁で細かく刻んだスナップエンドウをミキサーにかけ、ペースト状にしている。何かの調理場面のようだが、スナップエンドウの行き先は鍋やフライパンではなく、試験管状のガラス製実験器具だ。

 遠心分離器にかけられ、さらにいくつかの化学的な操作が施された後、試験管は別室に備えられた装置内に収められた。装置が起動し、傍のパソコンのモニターに測定結果が表示される。このデータを解析することでわかるのは、先のスナップエンドウに「どの農薬がどれだけ残留しているか」だ──。

 東海道本線の平塚駅から車で約10分、農協(JA)の全国組織の一つであるJA全農の「営農・技術センター」を訪ねた。約3ヘクタールの敷地内には建物数棟のほか温室や水田、畑があり、総勢175人の職員らが農産物の品種開発・商品開発のほか、肥料、農薬、農業ハウス用ビニールや段ボールなどの農業資材の開発研究、品質検査などに携わる。まさに日本の「農」と「食」を支える拠点といえる。

 なかでも、消費者にとって最も大切な「食の安全・安心」にかかわるのが、農産物や食品中の残留農薬を検査する部署だ。冒頭の検査は、同センター「残留農薬検査室」での一場面。今回はスナップエンドウの残留農薬検査を見せてもらったが、野菜の種類ごとに使われる農薬が異なるため、農薬の特性(たとえば、熱により分解するものもある)に応じた処理を行うこともあるという。

「当室は食品の安全性確保のための残留農薬検査を業務の一つとする、民間検査機関です。検査対象はコメ、麦、大豆、野菜といった農産物がメインで、全国の農協、全農都府県本部のほか、JA全農青果センター(株)をはじめとするJAグループ各社などから検査を受託し、年間約1200件の残留農薬検査を行っています」(残留農薬検査室室長代理・北村禎氏)

 農産物だけでなく、ジュースや小麦粉など一次加工食品の残留農薬も検査できるという。野菜などから抽出・精製した農薬成分を液体に溶かした状態で測る「液体クロマトグラフ質量分析計」のほか、検体を加熱して農薬成分を気体状に分離して測る「ガスクロマトグラフ質量分析計」などが用いられることもある。

「食品にどんな農薬がどれだけ含まれているかを調べるには、『迅速一斉分析法』を用います。先ほどのスナップエンドウは丸ごと検査していましたが、トウモロコシなら実の部分を削ぎ落とすなど、実際に食べる箇所を処理し、そこから農薬成分を抽出・精製します。これを測定機器にかければ、約250種類の農薬成分を0.01ppm(食品1kgあたり0.01mg含まれる濃度)まで一斉分析することができます」(同前)

 JAグループの残留農薬検査機関は全国に約20か所あり、地域ごとに異なる特産品にも対応した検査体制が敷かれている。今回訪ねた「営農・技術センター」では神奈川県内の農協からの検査依頼も多く受けているという。

迅速一斉分析に用いる「液体クロマトグラフ質量分析計」。右手中段の扉内に検体をセットする。

迅速一斉分析に用いる「液体クロマトグラフ質量分析計」。右手中段の扉内に検体をセットする。

ブランド価値を高めるための残留農薬検査

 そもそも日本では、厚生労働省の定めにより、食品中の残留農薬等の基準が決められている。実際に販売される農産物の基準が守られているかどうかを確かめるのが、残留農薬検査だ。全国の自治体が監視指導計画に基づき行っている「行政検査」のほか、今回訪ねたJA全農「営農・技術センター」のような民間機関が行う「自主検査」がある(輸入食品については検疫所がモニタリング調査を行う)。

 2006年に施行された食品中の残留農薬に関する新制度(ポジティブリスト制度)により、799種類の農薬等について残留基準が設定され、それらの基準値を超えたものについては販売が禁止された(旧制度で基準値が定められていた農薬等は283種類)。旧制度で定められていなかった農薬等にも残留基準値が設定されたことなどにより、それまでより広範に厳しい規制がかけられることになった。

JA全農「営農・技術センター」残留農薬検査室室長の藤田眞弘氏(左)と同室長代理の北村禎氏。

JA全農「営農・技術センター」残留農薬検査室室長の藤田眞弘氏(左)と同室長代理の北村禎氏。

「流通する食品に違反がないかを検査するのが目的の『行政検査』とは異なり、JAグループが行う自主検査は“各産地のブランド価値を高めるための検査”と言えます」

 そう解説するのは、同センター残留農薬検査室室長の藤田眞弘氏だ。どういうことか。

「そもそも農薬は、環境や人体に危害を及ぼすことがないよう安全性について農薬取締法などで厳しく規制されており、農薬として登録される時点で『どの野菜に』『どれだけの量をどんな使い方で』『いつ』使って良いかが決められています。加えてJAグループでは長年にわたり、環境・農作物・農業従事者の安全を守るための適正な農薬使用について注意喚起を行う『安全防除運動』に、農家の皆さんと一緒になって取り組んできました。現在、JAグループにおける農薬の適正使用はしっかり根付いたと言えます。

 農薬が正しく使われていれば食品中の残留農薬は基準値内に収まりますから、極論すれば検査は不要ということになります。それでも生産者として確かな品質を保証するため、農作物が安全・安心であるとの根拠を数値で示すために、残留農薬検査を実施しているのです。もちろん、万が一基準値をこえた検出があった場合には適切な対応がとられます」(同前)

 JAグループの残留農薬検査は、安全防除運動による「工程管理」をしっかり行った上に、出荷前に安全・安心であることを確認する「検品作業」として位置付けられるようだ。

 実際の農産物の安全性確保では、農薬の開発から使用、生産物の検査の各段階で取り組みが行われており、残留農薬検査は農薬の安全性を確かめる手段の一つといえる。

食品から農薬成分を抽出・精製するにはいくつもの工程がある。

食品から農薬成分を抽出・精製するにはいくつもの工程がある。

 前述のとおり、農薬は農薬取締法による登録制度のもと、厳格に規制されている。今回取材したJA全農「営農・技術センター」の残留農薬検査室では、農産物の残留農薬検査のほかに、農薬登録の際に必要な書類〈農作物への残留性に関する試験成績〉作成のための「作物残留試験」も業務の一つとしている。これは農薬の安全性試験の信頼性を保証する国際的な基準「GLP(=Good Laboratory Practice)」の認証を受けた施設のみが実施できるという。

 このように日本で使われる農薬は、まず開発時にGLP適合施設による試験をクリアし、使用時にはJAグループによる「安全防除運動」などの管理が徹底され、収穫された農産物については残留農薬検査で確認されるという、複数段階での安全管理が実施されている。

 近年は「和食」がユネスコ無形文化遺産に登録されるなど、日本の伝統的な食文化に世界の注目が集まっている。和食の特徴として「豊かな国土を背景にした多様で新鮮な食材」「素材を活かす調理技術」などが挙げられるが、JAグループら国内生産者による安全・安心への地道な取り組みがあればこそ、そうした和食の“ブランド価値”は保たれているのだ。

農薬についての素朴な疑問

 残留農薬検査の状況を理解した上で、農薬工業会のサイトにある「教えて!農薬Q&A」のページをベースに、食卓に上る野菜や加工食品の残留農薬にまつわる2つの疑問について見ていこう。

【Q1】農薬がついた野菜を食べるとがんになるのでは?
【A1】食品に残留した農薬が原因でがんになるという科学的なデータはない。がん死に関する疫学的調査でも、農薬はがんの主たる要因とはされていない。

 そもそも農薬は、摂取量が一定以下であれば毒性が生じないという量(しきい値)がある。がんに限らず健康に影響を及ぼさないため、例えば「キャベツに使うこの農薬は0.05ppm以下」などと残留基準が設定されている。

 基準値が設定されていても、なお「不安だ」という人もいるかもしれない。しかし、口に入れるものには何にでも“毒性”がある。水だって、大量に摂取すれば「水中毒症」になって死に至ることもあるし、残留農薬で健康に影響が出るほど大量の生キャベツを食べれば、先にキャベツに含まれているシュウ酸で体調を崩すだろう。

【Q2】残留農薬の基準は国ごとに異なるそうだが、日本は甘い? 厳しい?
【A2】農薬の使用量は栽培する作物や気候条件等によって大きく異なる。アメリカでは小麦、とうもろこしなどのように農薬使用量が少ない作物の栽培割合が高く、日本では果樹類など農薬使用量が多い作物の栽培割合が高い。

 同じ作物ごとで比較すれば、日本の農薬使用量が多い場合や少ない場合もあるが、それは気候条件等の違いによるため。いずれも適正使用であり、過剰ではない。

 知れば知るほど、農薬の奥深さが伝わってくる。このほか、農薬にまつわるQ&Aは「農薬工業会」のサイトにもまとめられている。

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