新型コロナウイルス感染拡大の影響で、医療機関を訪れる機会が減ったという人も多いだろう。在宅医療に人生の最期を託すことを選択する高齢者も多い。コロナ禍で在宅医療はどう変わったのか。患者宅へ奔走する在宅医の日常を追った。
高齢化率28.1%──65歳以上の人口が日本人全体の3割近くにまで迫る超高齢社会にあって、住み慣れたわが家で治療に専念できる在宅医療は、病と闘う高齢患者にとって福音といえる。
24時間、365日対応で在宅の高齢患者を支える医療法人社団悠翔会理事長の佐々木淳医師(47)は、この日も埼玉県川口市の老人ホームに入居する30人の診察を終え、都内での診察に向かった。
「最初は 人で始めましたが、在宅医療で訪問できる範囲は半径16km圏内と決まっているため、遠方の患者さんの増加に応じてサテライトクリニックを開設。今は15拠点、65人の仲間の医師と連携して、24時間体制で治療できるようになりました」(佐々木医師・以下同)
悠翔会のクリニックが診療する患者は約5600人。1人では定期的な通院が難しい患者が対象で、末期がんや神経難病を患う若者も含まれるが、多くは高齢者だった。新型コロナの感染拡大はそんな在宅医療の現場を揺るがした。
「コロナを怖れて病院へ行くことに二の足を踏む高齢者が増えました。感染すれば重症化するリスクが高いという恐怖はもちろんですが、それよりも、感染して入院することになれば家族と二度と会えなくなる可能性が高い。見知らぬ人ではなく、家族に看取られたいという“最期”を希望する高齢者が、コロナをきっかけに入院から在宅医療に切り替えているのです」
最期は自分らしく死にたいという“引き算”の医療
医者の道を志したのは、漫画『ブラック・ジャック』がきっかけだった。主人公のように、1人で横断的に診療できる医者を志すなか、在宅医療に出会った。延命を選ばず、自宅で緩和的な措置を受けながら、残された日々を幸せに過ごす患者とその家族の姿に、強い衝撃を受けた。
「老齢になると、どうしても治らない病気が増えます。食事などに大きな制約を受けながら病院で治療に専念するのも選択肢のひとつですが、私たちの医療は延命に重きを置くのではなく、納得できる人生の幕引きをお手伝いすること。大好きだったお酒やタバコも、無理のない範囲で許可しています。もう十分生きたから、最期ぐらい自分らしくいたい。そんな思いに応えるための“引き算”の医療なのです」