【書評】『スマホ脳』/アンデシュ・ハンセン・著 久山葉子・訳/新潮新書/980円+税
【評者】関川夏央(作家)
コロナ禍による「巣ごもり」で、スマホを手に取る時間が増す。とくに青少年がひどい。高校生の三〇パーセントが、スマホのオンラインゲームへの「依存」を自覚している。以前は「自主規制」できるといっていたが、昨年後半からは、親に制限されないと止まらないと悲鳴をあげている。
日本の公立小中学校では今年の春から一人一台のパソコンを配布する。とうにそれを実現していた「先進国」スウェーデンでは、大人の九人に一人が抗うつ剤を服用、青少年の睡眠障害が八倍になったと当地の精神科医アンデシュ・ハンセンはいう。スマホ依存の結果だ。日本の大都会の電車でも乗客の八割がスマホを見ている。一割五分が居眠り、残る五分が紙の印刷物を読む。ただし新聞と紙のマンガはもう見ない。
スマホのスクリーン上にあるのは、ゲームでなければニュース、すなわち「情報」だ。正常人でも十分間に一回はスマホについ触れるのは、つねにあたらしい「情報」を欲しがる人間の性癖につけこんで「依存」を誘発するよう設計されているからだ。スティーブ・ジョブズは、自分の子どもにはスマホを持たせないといった。
真偽が「校閲」されていない「情報」を、私たちは紙より数倍速く読む。そのうえ、人は遺伝子的に悪い噂とフェイクニュースを選好する。げんにトランプの「トンデモ発信」を信じるアメリカ人が何千万人もいた。
スマホが安価にネットとつながったこの十年、薬物依存に似た症状が世界に蔓延した。人類史上最大の「進歩」と「変革」をもたらしたスマホは、巨大な「災厄」をも連れてきた。原子爆弾の発明に似ている。
この本が読まれる動機は、人々の漠然とした、しかし深刻な「不安」だろう。なのにその対症療法が、寝室にはスマホを置かず、日々軽い運動(散歩でよい)をする、その程度でしかないというのでは、「不安」を無理にでも「あきらめ」に変えるよりほかに手だてはなさそうだ。
※週刊ポスト2021年3月12日号