【著者インタビュー】佐藤究氏/『テスカトリポカ』/KADOKAWA/2100円+税
本書『テスカトリポカ』はあくまでも小説だ。にも拘らず、人々を呑み込み、加速度的に増殖する悪や暴力に思い当たるふしがあり過ぎるから、佐藤究作品はいい意味でタチが悪い。舞台はメキシコ、ジャカルタ、そしてカワサキ──。
「これは国際機関の報告書に載っていた世界地図を参考にしていて、コカインは南米→北米が最大ルートでアンフェタミン系はこのルートとか、品物の流れと同時に人の流れも見えてくる。つまり悪いヤツは発想が最初っからグローバルで、それが〈麻薬資本主義〉や〈暗黒の資本主義〉最大の特性でもあります」(佐藤究氏・以下同)
そんな一寸先は闇な街で、暴力団幹部の父とメキシコ出身の母を持つ孤独な少年〈土方コシモ〉と、家族と兄弟を敵対勢力に殺され、アジアに逃れた麻薬カルテルの密売人〈バルミロ・カサソラ〉が出会った時、両者の接点に像を結ぶのは、古代アステカの時代から脈々と続く〈人身供犠〉の文化だ。麻薬や臓器や人の命にすら値段をつけ、商品化してしまう資本主義の暴走もまた、そんな人間的と言えば人間的な所業の1つではあった。
「参考資料にも挙げた『資本主義リアリズム』(マーク・フィッシャー著)に、LAの批評家マイク・デイヴィスがクライムノベルの帝王ジェイムズ・エルロイをアメコミ共々痛烈に批判した文章が引用されていて、僕は衝撃を受けたんです。
要は善も悪もなく過剰に垂れ流された腐敗や暴力が、レーガン主義への盲信を招く土壌になったとデイヴィスは90年代に言っていて、今年1月、議事堂を襲撃したトランプ支持者も構図は似てるなと。つまり陰謀こそが世界を動かし、俺達は見えざる敵と闘っているんだという、歪んだ主人公感ですよね。それを抱いて彼らは根拠のない自分勝手な物語の主人公に無反省になりきっている。
この時代にクライムノベルを書くことの功罪を改めて思い知らされた気がしたし、ならば、暴力描写は必要だとしても、何とかその暴力を解除するカギもエンタメ作品に描きこむことはできないかなって」
その時、浮かんだのが、現代の資本主義とアステカ文明との並走だったと言う。佐藤氏は1ページ1ページ、資料をコラージュ風に貼りつけた自作ノートをこの日、計5冊も持参してくれた。
「僕はゲシュタルト=形態認識と呼んでいるんですが、前作では2冊で今回は5冊。例えば上段に麻薬関係、下段にアステカ関係の資料を切り貼りしていって、境目が分からなくなるまで読み込むんです。そのコラージュの全体が感じられるまで。すると昔の人柱も麻薬資本主義も誰かの犠牲の上に成り立っていて、SNSの炎上なんて生贄探し以外の何物でもないとか、いろんなことが見えてきました」