『刀剣乱舞』や『鬼滅の刃』などエンタメ作品の影響もあり、近年注目されている日本刀。その刀身を研磨し、深い輝きと美しい刃文を浮かびあがらせるのが刀剣研ぎ師だ。
日本で初めての女性刀剣研ぎ師である神山貴恵さん(44才)が、刀剣研ぎ師の第一人者である臼木良彦さんに弟子入りしたのは、2008年9月。32才のときだった。
「師匠と知り合ったのは、師匠が刀剣研ぎとともに伝承している古武術の道場でした。週1回の稽古を重ね、数年が経ったある日、就いていた家具補修の仕事がリーマン・ショックで激減してしまった。
当時はスマホもなくパソコンも黎明期で転職先の検索すら簡単にはできない時代です。藁にもすがる思いで、師匠に『どこか人材募集をしているところはないですか?』と相談したんです。そうしたら『刀剣研ぎの弟子はどうかね?』といきなり言われて驚きました。
30分だけ悩みましたが、私はすでに32才だったし、もし私が弟子になることで師匠を少しでも楽にして差し上げられるならと思い、『崖っぷちだけどやるしかない』と弟子になることを決めました」(神山さん)
毎日師匠の家に通い、研ぎ師の修業を始めた。
「体もきつかったけれど、何より苦しかったのは精神的な重圧でした。周囲には弟子入りすることをやっかむような声もありましたし、もし女性で初めて刀剣研ぎの世界に入った私が途中でやめたら“やっぱり女性はだめだ”と言われてしまう。必死でした」(神山さん)
たゆまぬ努力が実を結び、2012年に「第65回刀剣研磨・外装技術発表会」で努力賞を受賞した。わずか4年での受賞は異例のスピードだ。
2017年には同じコンクールで最高賞の「木屋賞」を受賞。愛弟子の快挙に師匠の臼木さんが目を細めて言う。
「刀剣研ぎの世界は修業に10年かかります。実は貴恵ちゃんは私が初めて取った弟子。周囲には“女性のお弟子さんなんですね”と驚く人も多かったけれど、貴恵ちゃんの刀を見る目つきや物事に熱中する性質が刀剣研ぎ師としての資質に合っていると思ったからスカウトしただけのこと。男だからとか女だからとか、そういったことは職人の技能とはまったく関係ありません」
師匠の言葉に神山さんが深くうなずく。
「刀は柄巻師や金工師など多くの職人の技が調和してつくりあげられる総合芸術。誰かひとりの職人が『おれがおれが』と主張してはいけないと思っています。性差も同様で、やれ男性、女性と主張するのは愚の骨頂です。
女性だから研ぎ師として苦労したことはありません。道具も自分の大きさに合ったものを使うだけで、それは性差ではなく個人差です。
これからも性別に関係なく、刀が持つ美しさを最大限に引き出すことを心がけて、師匠から受け継いだ技術を次の世代につなげていくだけです」(神山さん)
※女性セブン2021年3月18日号