フィクションにどこまで現実を反映させるか──作り手にとっては大きな問題だ。コロナ禍の今、登場人物がマスクを着け、ソーシャルディスタンスを守り、飲食店は20時で閉店する──そんなリアルな世界を描くべきか、はたまた創作は自由であるべきか。コロナ禍の新たな表現様式について漫画家の島崎康行氏が語った。
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2019年まで『CLOSER~クローザー~』(日本文芸社刊)というプロ野球漫画を連載していました。昨年はコロナ禍の影響でプロ野球も無観客での試合が行なわれましたが、その状況をそのまま漫画の世界で描くことは難しいと思います。実は野球漫画ではストーリーの進行上、何気ない「スタンドの観客」が重要な役割を担っています。
私は作画担当でしたが、原作担当の田中晶さんは、試合展開や作戦の意図などを実況アナウンサーや記者だけでなく、名前もない観客に語らせようとすることが多かった。
たとえば凄い変化球を投げるピッチャーがいたとします。その球に相手選手や監督だけが驚いても世界観が小さくまとまってしまう。素人である大勢の観客が驚いていると、スタジアムの“ざわめき”のような空気感を自然に伝えられるんです。
その観客がいなかったら、盛り上がりや驚きを表現するのが難しくなってしまう。
もし野球漫画で無観客の球場を描くとしたら、ストーリー自体にもきちんとコロナ禍の人々の葛藤を取り入れる必要があると思います。
たとえばチーム内にコロナウイルスの感染者が出てチームが困惑するなか戦うとか、正面から取り組めば意味があるのかもしれません。
ですが、「漫画は娯楽である」というのが僕のスタンスです。架空の世界に、人類を陰鬱な気分にさせているコロナを描く必要があるかと考えると、僕はそうは思わない。読者には目一杯フィクションの世界を楽しんでほしいですね。
※週刊ポスト2021年3月19・26日号