登場人物がマスクを着け、ソーシャルディスタンスを守り、飲食店は20時で閉店する──創作に携わる者はリアルな世界を描くべきか、はたまた創作は自由であるべきか。コロナ禍の新たな表現様式について『感染列島』『64』などを手掛けた映画監督・瀬々敬久氏が語った。
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昨年は大変な状況下でしたが、ありがたいことに3本の映画を撮影させてもらえて、年間100日は現場に出ていました。3本とも現代や現代に続く時代設定の作品でしたが、いずれも「テーマ性」がぶれてしまうと感じたので、コロナ禍は反映させていません。
佐藤健さんと阿部寛さんがW主演の『護られなかった者たちへ』(2021年秋頃公開予定)では、日本の格差社会や貧困問題という重いテーマを描いています。そこにコロナという目の前の問題が加わると、どうしてもマスク姿の出演者やソーシャルディスタンスといった要素に注目が行ってしまって本質が薄らいでしまう。
ほかの2作品のテーマは「家族」でしたがこれも同様です。コロナ禍を舞台にしたくなかったので、どちらも発生以前の設定にしています。
アジアで大流行したSARSのようなウイルスが蔓延した世界を描いた『感染列島』という映画を2009年に発表しました。当時からウイルスが人類の脅威となることは言われていましたが、まさか現実世界でこんなことが起こるとは想像していませんでした。
しかし、いま映画と似た状況が起きているのは事実です。マスクをするのが当たり前になった世の中でそれを反映させずに撮影していると、どこか現実とかけ離れたSF映画を撮っているような気持ち悪さも感じました。
長瀬智也さん主演のドラマ『俺の家の話』(TBS系)にしろ、コロナ禍と向き合って作品に取り入れている人たちは偉いなと思います。でも映画の世界は多様であるべきです。コロナ禍は描いても描かなくてもどちらでもいいが、一方に偏るようなことだけはあってはいけないと考えています。
私もいつかはコロナ禍の日常を描きたいと思っていますが、もっとこういう状況をテーマとして見据えられた時に作りたいと思います。
※週刊ポスト2021年3月19・26日号