ドラマや映画において、どこまで現実を反映させるかは難しいところ。登場人物がマスクを着け、ソーシャルディスタンスを守り、飲食店は20時で閉店する──そんなリアルな世界を描くべきか、はたまた創作は自由であるべきか。コロナ禍の新たな表現様式について『結婚できない男』や『梅ちゃん先生』の脚本家・尾崎将也氏が語った。
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『東京地検の男』(テレビ朝日系、3月24日放送)という検察官が主人公のドラマの脚本を昨年8月から9月にかけて書きました。スタッフとの打ち合わせ段階ではドラマを“コロナありの世界にするか、なしにするか”で悩みました。
私はコロナありでチャレンジしてみたかった。そちらのほうが現実を反映したリアルなものになると思ったからです。しかし、映像になったものを想像してみると、登場人物がずっとマスクをしているのは違和感だらけですし、検事が取り調べをするシーンも“緊迫感”という一番のリアリティが欠ける。結論としては“コロナウイルスが存在しない世界観”で行くことになりました。
いまはキスシーンが出てくるようなロマンティックなラブストーリーもコロナ禍を反映させながら描くのは難しいところがあると思います。
ただ、キスシーンができなくなったとしてもキスの表現ができないわけではない。たとえば、夜、屋外で二人が見つめ合うところから、部屋で一緒に朝を迎えるシーンまで時間を飛ばせば、その間のところでキスをしているんだろうな、と思わせることができます。
携帯電話が普及し始めた1990年代初頭に、「携帯があると恋愛のすれ違いが起こらなくなるから、ラブストーリーが作りにくくなる」と言われましたが、結局今でも様々な形で作られている。恋愛の悩みはすれ違い以外にいくらでもあるわけで、ドラマのネタが尽きることはなかった。コロナ禍で表現が制限されるというのは、甘えかもしれませんね。
※週刊ポスト2021年3月19・26日号