松竹新喜劇の看板女優・浪花千栄子の生涯を描いたNHK連続テレビ小説『おちょやん』を観ていると、なぜか重要な場面でよく「ヤクザ」が出てくる。昭和初期という時代、関西の芸能においてヤクザの存在は不可欠であり、ストーリー上、無視できないものだったのだろう。フリーライターの鈴木智彦氏がレポートする。
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まず父親の借金相手がヤクザ
『おちょやん』に最初にヤクザが登場するのは、年季明け間近、主人公・千代(杉咲花)の父テルヲ(トータス松本)が芝居茶屋『岡安』を訪問した時(第4週)だった。テルヲは博奕で膨大な借金を作り、千代を頼ってきたのだ。借金の相手はヤクザだった。ドラマでは2000円となっていて、「千代が何年ただ働きをしても返せない大金」と表現されている。
父親が借金取りのヤクザと話している現場を目撃した天海一平(成田凌。後の千代の夫)は、相手の話しぶりや「娘を売る」などのキーワードから、ヤクザと父親が、千代を「怪しい料亭」に奉公させるのだろうと推測した。関西でいう「怪しい料亭の仲居」とは、ちょんの間の売春婦である。
博徒の寄生基盤は、庶民に根付いていた自己責任の概念だ。当時の庶民には、博奕の借金はなにがなんでも返さねばならず、返済のために田畑、家屋敷、娘を売っても致し方ないという考えが根強くあった。
元来、賭客は現金を持たないと博奕に参加できない。
ヤクザはテルヲに若い娘がいるのを知っていたのだろう。回収できなくても娘を売ればいい。だからどんどん金を貸し付け、博奕にハメた経緯が想像される。
『岡安』の女将・岡田シズ(篠原涼子)は、ヤクザが取り立てに来た当日、わざわざ彼らを店に上げてから千代を逃がし、請求額の2000円のうち200円だけを支払って話を付けた。今なら警察に相談するような話だが、当時は常識が違う。ヤクザが出てきた時点で、シズは地元のヤクザの親分に相談していたのだろう。相談を受けた親分は喜んで手助けする。繁華街のヤクザにとって地元の商家は“隣人”だからだ。地域の旦那衆を守り、金は自分の賭場に落としてもらわねばならない。
ヤクザの関与は、掛け合いでシズが切った啖呵をみても明らかだ。
「余所者が調子に乗ってたらどないなことになるか、わからしまへんで。ああ、そないいうたら先週も、他所から来たヤクザもんが道頓堀川に浮いてはりましたなぁ」
彼女は“自分のバックには地元のヤクザがいて、あまりごねると殺されるぞ”と恫喝したのだ。
当時は芝居の他、興行全般がヤクザのシノギだった。実際、荷(芸能人)を巡って何度も殺し合いが起きている。この放送回の最後では「ここは芝居の街、全部芝居だ」(だから“ヤクザの脅し”も芝居だ)というオチになったが、それはあくまで今の暴力団排除の世相を反映させたエクスキューズにすぎない。