それは突然の出来事だった。2月下旬、夫とふたり暮らしをしている都内在住のAさん(60才)の家で、火災警報器がけたたましく鳴ったのは、早朝5時過ぎのこと。「火事?」と慌てて飛び起きて台所に行ったが、火元はどこにも見当たらない。
「妙に外が明るいなと思ってカーテンを開けると、隣の家から火が出ていて、強い風で煽られた炎と煙がわが家に迫っていました。どうやらその煙がうちの部屋に入り込んだために火災警報器が鳴ったみたいです。“とにかく逃げなきゃ”と、夫とともにパジャマ姿のまま何も持たずに避難しました」(Aさん)
東京消防庁によれば、2020年のガスコンロが原因の住宅火災は、前年比で約2割増加している。コロナ禍で自宅で調理する機会が増えたことが大きな要因で、なかにはガスコンロをつけたままテレワークやオンライン会議に参加したことで、火災につながったケースも複数あるという。
自宅の火災対策はすでに充分しているという人でも、隣の家からの出火は防ぎようがない。
春の強風が吹いているなか、火災が発生すると周囲に延焼しやすくなっている。もし隣の家が火事になったら、一体どう対処すればいいのか、専門家たちに聞いていこう。
第一に守らなければならないのは、自分と家族の命だ。だが、その思いが強すぎた冒頭のAさんは避難時の後悔を振り返る。
「もっと冷静になって、せめて財布とコートくらいは持って出ればよかった。すぐに使えるお金がなくて本当に困ったし、少し気持ちが落ち着くと、パジャマ一枚では寒くて寒くて……」
火災という死の危険と隣り合わせの状況では、パニック状態に陥りやすい。そのなかで“必要のないもの”を手にして避難してしまう人も多いという。そうならないためにも日頃から、いざというときに“持って避難すべきもの”を考えておきたい。
防災士の藤尾秀俊さんが「ベストな所持品」について話す。
「持ち出すべきものとして優先順位が高いのは、携帯電話、財布、身分証明書です。寒い時期は厚手のコートも欠かせません。すぐに充電がなくならないように、携帯電話は普段から常にフル充電にしておく癖をつけましょう」