出発前夜、宮城県沖を震源とする最大震度5強の地震が発生。東日本大震災の復興支援に力を注いできた羽生結弦選手(26才)にとって、後ろ髪を引かれる思いだったに違いない──3月21日、羽生選手が世界フィギュアスケート選手権の開催地、スウェーデンの首都・ストックホルムに到着した。
「愛用のCLEVERの高性能マスクの上に不織布のマスクを重ねていて、感染対策はバッチリ。表情にもかなり気合が入っていました」(現地ジャーナリスト)
現地入り後の羽生選手は、「バブル方式」と呼ばれる完全隔離の状態に置かれ、25日のSP、27日のフリーに挑む。
「開催地を大きな泡ですっぽり覆うように、期間中は選手や関係者と外部との接触を遮断するシステムです。今回はホテルと試合会場がつながっているので、その間の行き来しかできません。食事も選んだメニューが部屋の前に置かれるスタイルで、人との接触はほとんどない状態になります」(前出・ジャーナリスト)
メンタル面での調整も重要な鍵になりそうだが、注目されているのが、ブライアン・オーサーコーチ(59才)の動向だ。
カナダ人のオーサーは1984年のサラエボ、1988年のカルガリーと2大会連続で五輪銀メダルを獲得。1988年に引退し、プロスケーターとして活躍した。その後、2006年にキム・ヨナのコーチに就任し、2010年のバンクーバー五輪で金メダルに導くと、2012年から羽生選手の指導をすることに。羽生選手にとっては10代半ばから教えを乞い、2度の五輪王者に導いてくれた、かけがえのない恩師だ。
しかし、オーサーは新型コロナ拡大の影響で、2020年3月にエストニアで開かれた世界ジュニア選手権以来、一切海外渡航をしていない。仙台を拠点に練習を続ける羽生選手とは1年以上も会わない状態が続いていた。
「コーチ不在ともいえる状況で、振り付けや音楽の構成も含めて、羽生選手がすべてを自分でやらなければいけなくなりました。そのプレッシャーから精神的に落ち込み、苦悩した時期もあったようです。
また、2019年11月にNHK杯で優勝した直後には、“いつかロシア人コーチに師事してみたい”と発言し、コーチ変更を示唆したとして大きな波紋を呼びました。昨年12月の全日本選手権への出場もオーサーには一切連絡せずに決めたようで、一時は関係解消が噂されました」(フィギュアスケート関係者)
オーサーは2018年に中国のフィギュアスケート連盟と契約し、中国人スケーターの育成に熱心になっている。そんな経緯もあって、羽生選手のオーサー離れがますます加速しているとの見方もあった。だが、実際には2人の間に溝が入ったわけではない。