【書評】『ヴィンテージガール 仕立屋探偵 桐ヶ谷京介』/川瀬七緒・著/講談社/1550円+税
【評者】川本三郎(評論家)
得意の専門ジャンルを持っているミステリ作家は強い。その昆虫の知識によって「法医昆虫学捜査官」シリーズを書き続けている川瀬七緒には、もうひとつ専門知識がある。服飾。文化服装学院で学び、服飾デザインの会社で働いた経験があるだけに、服飾の知識は豊か。
そこから生まれたのが「仕立屋探偵桐ヶ谷京介」シリーズ。中央線の高円寺で小さな仕立屋(正確には服飾ブローカー)を営む桐ヶ谷が、探偵になって事件に挑む。当然、服が事件解決の鍵になる。新鮮。警察が見逃していた服のディテイルから事件を追ってゆく。
杉並区の阿佐ヶ谷の、もう古くなって居住者のいなくなった団地で、十代はじめの少女の遺体が発見された。それが十年前。以来、捜査ははかどらない。被害者の身元さえ分らない。
事件に興味を持った桐ヶ谷は、警察の協力を得ながら事件を追う。手がかりになるのは少女が着ていたワンピース。十代の少女には不似合な派手な柄だった。桐ヶ谷はこのワンピースから事件を追ってゆく。洋服に着目してるのがまず面白い。洋服の柄からさらにボタンも手がかりになる。
桐ヶ谷の店は阿佐ヶ谷の隣りの高円寺にある。この街は中央線沿線のなかでも古着屋が多いので知られる。いわば服の町。桐ヶ谷の手助けをする若い女性、小春は高円寺で古着屋を開いている。もうひとりの老婦人ミツもこの町で昔ながらの手芸屋を営む。服の町、高円寺がこの小説の重要な核になっている。その意味で都市小説の味わいも。
十年前、少女が殺されたのに家族からの届け出がなかった。そんなことがあり得るのか。実はあり得た。東京という大都市では経済的な苦境におちいり、債権者から逃がれるために、身を隠さざるを得ない者がいる。彼らは戸籍を消し、この世に存在しない人間として逃亡を続ける。少女の家族はそういう者ではないか。身元の分らない少女の背後に格差社会の現実が浮かび上がる。
※週刊ポスト2021年4月2日号