映画史・時代劇研究家の春日太一氏による、週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』。今回は、俳優の国広富之が、時代劇で小早川秀秋を演じた思い出などについて語った言葉を紹介する。
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国広富之は一九八一年、TBSがオールスターを集めて制作した超大作歴史ドラマ『関ヶ原』で小早川秀秋を演じている。
「秀秋について調べてみると寂しい少年時代を過ごしていたことが分かりました。
俳優って勘が大事なんですよね。どう芝居したらいいのか。エリート役は型があるので、型にはめていけばいいのですが、それ以外の役は割と自由なんです。だから、自分で考える。この時は、これだけの役をもらえたのですから、もう一歩踏み込みたいと思いました。それこそ、歩き方一つから考えましたね。
最後、加藤剛さんの石田三成が縛られているのを秀秋が見に行く場面があります。こわごわ見て、ちょっと目が合ったら睨まれて去っていく。虚勢を張っているんだけども、足は震えているとか、そういう細かい芝居を考えました。
その時、養成所で日舞をやってよかったと思いました。日舞では扇子の広げ方がいろいろとあるのですが、その中に閉じた扇子を一振りで大きく広げるというのがあります。それを使ったんです。大きく虚勢を張る際に、扇子を思い切り広げて三成を流し目で見ながら去っていく。
本質的なことではないのかもしれませんが、ちょっとした動きで時代劇の芝居は引き立つと思うんです」
山田太一脚本による青春群像劇『ふぞろいの林檎たち』(八三年、TBS)では主人公グループの一人を演じている。
「『岸辺のアルバム』と同じ鴨下信一さんが演出でした。『岸辺』の時は新人の僕が怒鳴られ役でしたが、今度は待遇が変わりました。『慎吾!』『時任!』で『国広君、悪いけどここは彼らを受けてくれるかな』と。
キャメラが廻っていない時も、みんな役になり切っているような感じでしたね。同級生の雰囲気。柳沢慎吾君がムードメーカーでふざけて、それを中井貴一君が『慎吾、ダメじゃないか』と注意して、時任三郎君は後ろの方で余計なことは言わない。
僕は五年ほど先輩だからみんな一応は『国広さん』と呼んでいたのですが、シリーズを経るに従い『もう国広さんと呼ばなくていいよ。トミーと呼んで』と言って、それからはみんなトミーと呼んでくれています」