【書評】『フジテレビプロデューサー血風録 楽しいだけでもテレビじゃない』/太田英昭・著/幻冬舎・1300円+税
【評者】山内昌之(武蔵野大学特任教授】
毎週フジテレビで楽しい番組といえば、「VS嵐」と「サザエさん」、BSフジでは「鬼平犯科帳」だった。「VS嵐」が消えた後のフジテレビはどこへ行くのか。
著者はフジの全盛期を築いた功労者の一人である。「なんてったって好奇心」こそテレビメディアの神髄であることがよく分かる本だ。企画や情報共有の会議のすさまじい熱気が随所から伝わってくる。定員20人の会議室に40人ほどを招集し廊下までスチール椅子を並べて議論する。チームの内輪でも「険悪な雰囲気」が漂う迫力は、TVマンの独特な個性なのだろう。
三浦和義氏ロス疑惑事件でロンドンの宿に張り込む姿から、ドキュメンタリー番組「ザ・ノンフィクション」、朝の「とくダネ!」、BSフジの「プライムニュース」などの企画・製作に至るまで、著者は多くの新番組の立ち上げをリードした。
とにかく、著者は酒や議論とともに、教養と読書の人でもある。知性を隠したTVマンが時に叱咤激励の怒号を浴びせて番組を作るのだから、作品は面白くないはずがない。新人起用やベテラン開花に見せる才能も半端でない。全盛期のキャスターや女子アナウンサーの横顔、個性あふれるトップの存在感、編成畑の地味ながら卓越した人材の描写を通したポスト冷戦回顧録としても面白い。
ヤラセやデータ粉飾や不規則発言は、本社とプロダクションの意志断絶の谷間で起きることが多い。問題が起こると出向いて謝る上層部は、とにかく誠実でなければならない。テレビ界の基盤を堅実に支えるのは人間関係の信頼と誠実さである。
同じ場所で「はしご謝罪」を何時間もする。そのうちに先方は、「偉い人をよこして、こうして真面目に謝っているんだから」この辺で勘弁しておやりと言うまで頭を下げ続ける。覆水盆に返らずのテレビ発言の怖さだ。
フジ持株会社の社長や新聞社の会長を経ていまは英字発信に勤しむ著者は「国益」を大事にする。その華を開花させずに放送界を去った著者を惜しむ声が登場人物たちから聞こえそうな本でもある。
※週刊ポスト2021年4月16・23日号