【書評】『検閲官 発見されたGHQ名簿』/山本武利・著/新潮新書/880円
【評者】平山周吉(雑文家)
タイトルではわかりにくいが、「日本人GHQ検閲官」という秘匿された存在の実態報告書である。
占領下、GHQは憲法違反などものともせず、新聞、出版、郵便などの検閲、電話の盗聴を何喰わぬ顔で行なった。その仕事に雇われた日本人は二万人とされる。そのうちの六七九四人の名簿(ただしローマ字表記なので漢字は不明)を発見し、そこから辿って、当時の彼ら彼女らがどんな待遇で、どんな仕事をし、後々、その仕事にどんな思いを抱いていたかを徹底調査したのが本書だ。コンパクトな新書判に盛るには余りにも惜しいが、中身はギュッと詰まった執念の書である。
英語遣いゆえに占領下で厚遇に恵まれたエリートたちなので、戦後日本で中核的な地位についた人間も少なくない。よくぞこれだけ探し出したといっていい多くの名前が本書では明らかにされている。後に朝日新聞社に就職する渡辺槇夫は、「敗戦国の男子が、国民と占領軍の間に身を投じて、当座の暮らしをたてようとした立場への自己批判」の沈鬱な空気を感じたという。渡辺は自らの「痛み」を毎日新聞のインタビューで語った。
語る人語らぬ人、罪悪感を感じる人感じない人と、人はさまざまである。証言がたくさん集まるにつれ、占領下日本人の意識が厚みをもって見えてくる。「国会の爆弾男」楢崎弥之助、ポーランド語の大家・工藤幸雄、国際政治学者・神谷不二などは「感じない」派、推理小説作家の鮎川哲也、言語学の大家・河野六郎などは「うしろめたい」派だ。採用試験を受けたが英語が出来ずに不採用となった思い出を随筆に書いた吉村昭のような人もいる。
著者の山本武利が「緘黙派」と分類した大物に「キノシタ・ジュンジ」がいる。あの『夕鶴』の劇作家・木下順二である。シェイクスピアを訳した英語の達人、著名な進歩的文化人の木下はただし、「緘黙」の代償に、戦争裁判批判の問題劇『神と人とのあいだ』を書いたといえる。ダンマリを決め込むことは不可能だったのだ。
※週刊ポスト2021年4月30日号