【書評】『道連れ彦輔 居直り道中』/逢坂剛・著/毎日新聞出版/2200円
【評者】川本三郎(評論家)
逢坂剛は凄い。現代ミステリ、時代小説、さらに日本では珍しい西部小説と幅広いジャンルで長く現役として書き続けている。いままた新しいシリーズになりそうな時代小説を発表した。まず何より主人公の彦輔という侍の仕事が面白い。「道連れ」。女子や年寄りが遠出をする折りに無事に行き帰りできるように付き添う。平たくいえば用心棒。父親は公儀徒目付だが彦輔は三男なので町屋で一人暮らし。
徳川十一代将軍、家斉の頃。彦輔はさる武家から菊野という美しい娘が京に行く道連れを頼まれる。菊野は武家の娘。口がきけない。この依頼、仔細が告げられず、曰くがあるらしい。娘の正体が分からない。なぜ京へ行くのかも。しかも東海道ではなく中山道で行くようにという条件がつく。不審なことが多いが礼金がいいので彦輔はこの仕事を引受ける。
中山道を行く道中記であり(いまふうにいえばロードノヴェル)、美少女の正体という謎を持ったミステリでもある。中山道の旅が丁寧に描かれてゆく。荒川を渡る戸田の渡し。そこから現在の埼玉県、群馬県、長野県へと入ってゆく。道中には彦輔の子分格の藤八、女性の勧進かなめが従う。菊野にはりくという大年増の侍女が付き添う。
中山道は碓氷峠をはじめ山道の難所が多いから女連れの道中は困難をきわめてゆく。しかも、菊野を奪おうとする輩がいつ襲ってくるか分からないのでいっときも油断は出来ない。
道中の描写は細部にわたっている。例えば女連れの旅で用足しはどうするかまで書かれている。彦輔が甘酒好きなのも面白い。菊野をつけ狙う謎の侍たち。襲ってくる追い剥ぎや野盗の群れ。関所破りの冒険。次々に見せ場が用意されているのはさすが。下諏訪から伊那、そして飯田へ。最後、すべての謎が解き明かされるところはミステリ風にいえば大どんでん返しで驚かされる。江戸時代のロードノヴェルとしてぜひシリーズ化して欲しい。
※週刊ポスト2021年5月7・14日号