人間の記憶にはいくつかの種類がある。代表的なものが長期記憶と短期記憶である。長期記憶とは、自分の名前や誕生日など、生涯にわたって保持し続ける記憶。短期記憶は、かけた後にすぐに忘れてしまう電話番号など、短期的な記憶をいう。
記憶のメカニズムは諸説あるが、近年有力視されているのは、「記憶痕跡」と呼ばれるもの。記憶した際に使った特定のニューロンを刺激することで、覚えたものを思い出すとされている。
一方、忘却については、ヘルマン・エビングハウスの研究が広く知られている。一度記憶したものは1時間で56%、1日で74%は忘れてしまう。その後、緩やかな曲線を描いて徐々に忘れていくのが忘却の仕組みだ。
もの忘れとは脳によるエネルギー節約の結果である
加齢に伴う記憶力の低下はある程度は避けられない。「顔は覚えていても名前が思い出せない」「取引先への道順がなかなか覚えられない」といった経験が重なると途端に不安を覚えるものだが、『脳を司る「脳」』(講談社)の著者で、お茶の水女子大学理学部生物学科・毛内拡助教はこう解説する。
「もの忘れがひどくなるのはシナプス伝達の効率が悪くなっている証拠です。シナプス伝達は強くなったり、弱くなったりする性質を持っています。これはシナプス可塑性と呼ばれ、何度も同じことを学習すると、シナプス伝達が強くなっていきます」
脳の働きの根底にあるのは、ニューロンと呼ばれる神経細胞だ。ニューロンは脳内に複雑なネットワークを張り巡らし、それらはシナプスを介してつながっている。ニューロンが発生させる電気信号がシナプスによって神経伝達物質に変換され、別のニューロンに伝えられて脳は動いている。
「シナプスによる伝達は常に一定ではありません。より効率的に働くように、使わなくなれば徐々に失われていきます」(毛内助教)