【著者インタビュー】水野梓氏/『蝶の眠る場所』/ポプラ社/1980円
発端はある日曜、町田市の小学校屋上から転落した5年生、〈清水大河〉の死と、1999年12月、小1の女子とその母親が殺された〈相原事件〉の死刑囚〈今井武虎〉が最期に遺した〈真犯人は、別にいます〉という言葉。その接点と真相にたどり着くまでの毎朝放送社会部〈榊美貴〉の周到な取材や、誰の中にもある小さな悪意や保身のあり様が、水野梓氏の初著書『蝶の眠る場所』では、社会派ミステリーにとどまらないリアリティと深みをもたらす。
自身、日本テレビ報道局では本名・鈴木あづさ名で活躍し、『NNNドキュメント』等の制作経験もある彼女にとって、小説の執筆は子供の頃からの夢であり、「通常はなかなか追いきれない、事件のその先を描くこと」でもあったという。
水野は祖母の姓。
「祖母は『花子とアン』の時代の東洋英和女学院で教鞭をとり、私に本を読む喜びを教えてくれた恩人です。私は小学校でいじめられ、図書室にこもった時期があり、その頃から作家になりたくて新聞記者を志しました。父の介護の都合もあって、転勤がない在京局に入りましたが、その間も恋愛小説からミステリーまで、幅広く書いていたんです。
本作に関して言えば『殺人犯はそこにいる』の著者でもある弊社の清水潔と飯塚事件(1992年)の番組を作った経験が大きいですね。
例えば足利事件(1990年)では無効とされ逆転無罪に繋がった、時期も方法も鑑定者も同じDNA鑑定結果が飯塚事件では有効とされ、足利の再鑑定目前に死刑が執行された(その後遺族が再審請求するが、今年4月最高裁は特別抗告を棄却)。当然『おかしい』と誰もが思うわけですが、基本的に記者は事実しか報道できないし、常に新しい取材対象を求められる中、あと一歩のところで真実に踏み込めなかったりもする。
そんなもどかしさを日々抱えながら、私は特に関係者の子供たちが事件後をどう生きるかが気になっていて、それはもうフィクションの形でしか描き得ないだろうと」
折しも2歳の息子〈陸〉の誕生日、デスクの呼び出しを受けたシングルマザーの美貴は、陸を母に預け、町田南署に急いだ。そして大河の母親と思われる女性とすれ違いざま〈ころされた〉という声を微かに聞く。
美貴は後日、コンビニで泥酔し、吐瀉物塗れで眠る彼女〈結子〉を救出し、自宅まで送り届けることに。かつて育児放棄された結子は、衰弱していたところを近所の喫茶店経営者夫妻に保護され、実子〈竜哉〉と兄妹同然に育てられたという。その後、結子は竜哉と結ばれて大河を産むが、その矢先に一家を不幸が襲う。養父・武虎が無実の罪で逮捕され、しかも死刑執行当日、養母までが事故で死亡。さらに竜哉は心を病み、いまは離婚して施設にいて、実はその延長線上に大河の死もあった。
美貴がその事実を掴むのは、後輩記者を庇い、深夜枠の調査報道番組に飛ばされてなお、曲者揃いの同僚と地道に取材を重ねたからだ。いじめの可能性を頑なに否定する学校側や、大河たちが理科実験クラブで飼っていたインコがふと口にした〈ターイーガクン、ヒトゴロシ〉という鳴き声。絵の巧い大河が遺した1枚だけ拙いクレヨン画など、1つ1つは見逃しかねないピースだけに、全てが嵌った時の衝撃はこの上ない。
「それは現場での経験や清水の背中から学んだ私の実感でもあります。根気よく集めた細部の連なりにこそ、普遍や真実は宿るという」