「この店のわらび餅は正月に実家に必ず買って帰るんです。その大福は皮が厚いところが気に入ってます。このおはぎ、皆さんも一緒に召し上がりませんか」
テーブルにずらりと並んでいる和菓子を見つめて顔をほころばせる舘ひろし。“日本一ダンディーな男”は、甘いものに目がない。特に愛して止まないのが、「あんこ」だ。
「ぼくにとって、あんこのお菓子は“郷愁の味”。子供の頃、祖母や母が作るおはぎやぜんざいが大好きだった。祖父も親父も下戸で甘党だったから、祖母が作ると家族みんなが集まって、お茶を飲みながら食べるのが年に数回の幸せな時間だった。祖母に『ひろし、ついてください』と言われ、おはぎに入れるもち米をすりこぎでついたことをいまでもよく覚えています」
舘の実家は名古屋で代々続く旧士族の家系。築200年の旧武家屋敷で家族とほおばった“武骨なあんこ”は格別だった。
「名古屋はつぶあんが主流だったから、こしあんよりもつぶあん派。いまも食後や打ち合わせのときにつぶあんのおはぎを食べますが、絶対に緑茶と一緒にいただきます。古い家で育ったから“コンサバ”なんでしょうね」
石原プロといえばさしいれは「おはぎ」
1983年に入社して2021年1月に解散を迎えるまで、舘が屋台骨を支えた「石原プロモーション」もまた、あんこへの深い愛を持っていた。
「石原プロが『西部警察』の制作を始めた1970年代終盤、当時の小林(正彦)専務が北海道の朝市で絶品のおはぎの店を見つけたことが始まりでした。小林専務はおいしいもので人をもてなすことが大好きだったので“これはうまいから食べろ”と毎日おはぎをひと箱ずつ、出演者みんなに配って歩く。ロケ中ずっとおはぎを食べ続けて、渡(哲也)さんも三浦友和も、ドラマの初回と最終回でずいぶん顔の大きさが違う、ということがありました」
以来、石原プロではおはぎの差し入れが定番となった。
「ぼくが4月に設立した新事務所『舘プロ』でもその伝統を継いで、おはぎの差し入れを復活させたかった」
設立後、最初に行ったミーティングの議題は「おはぎをどの店に発注するか」。厳選した複数のおはぎを試食会で食べ比べた結果、「柿安 口福堂」が採用され、新事務所立ち上げの取材会で集まった報道陣に早速振る舞われた。
「名古屋の実家で食べたおはぎの味に似ていたことも、選んだ理由の1つです。いまの目標は渡さんや裕次郎さんが情熱を注いできた映画製作の灯を絶やさないこと。かつての石原プロのようなスケールの大きな映画でなくてもいい。肩肘をはらずに見られる作品でもいいので『映画をつくる』という夢だけは、継いでいきたい」
そう言って目の前の大福に手を伸ばした舘の姿は静かな情熱と渋い色気に満ちていた。
【プロフィール】
舘ひろし(たち・ひろし)/1950年愛知県生まれ。1976年に映画『暴力教室』でデビューし、『あぶない刑事』シリーズなど話題作に出演して人気を博す。2020年秋に旭日小綬章を受章。現在は2021年4月に立ち上げた新事務所『舘プロ』で所属俳優第1号として活動。
撮影/LUCKMAN
※女性セブン2021年5月20・27日号