大阪府堺市では、5月1日から開始された高齢者向けの新型コロナワクチン接種業務に応募した医師の報酬が突然、値下げされた。その体験を語るのは、同市内で行なわれた集団接種業務に参加したA医師だ。
A医師は、医療人材紹介会社「メディカル・プリンシプル社」を通じて応募。募集時の条件は時給1万7000円だった。ところが、接種開始の4日前に同社の担当者から連絡があった。A医師が語る。
「『時給1万5000円に変更になったが、それでも引き受けてもらえるか』という内容でした。私は大阪の役に立ちたかったので了承しましたが、なぜこのようなことが起きてしまうのか疑問に感じました」
菅義偉・首相は4月30日に、「最大の課題は接種体制の確保」と強調し、具体策として「休日・夜間の接種対価の大幅な引き上げ」と「集団接種に医師・看護師を派遣した医療機関等への支援」を発表した。
つまり、ワクチン接種にかかわる医療従事者の収入を増やそうという主旨である。しかし、実際の医療現場ではそれと逆行する動きが起きていた。
理由はどうやら二重・三重の下請け構造にありそうだ。堺市はまず集団接種事業の会場運営業務を大阪の旅行代理店「南海国際旅行」に3億6000万円で発注。
ワクチン接種を旅行代理店が担うとは驚きだが、南海国際旅行によれば「旅行業が縮小するなか、雇用を維持するため、イベント運営のノウハウを活かすべく入札に参加した」(同社事業部)という。
さらに同社は、前出のメディカル・プリンシプル社など医療系の人材紹介業2社に医師や看護師の募集を発注。
いくら行政が予算を増やしても、下請け、孫請けが利益を得ようとすれば、現場の医療従事者が恩恵を得られない構図が見えてくる。
なぜ直前に医療従事者の給与を下げる必要があったのか。堺市役所は「人材の確保も含めて委託先に任せています」(感染症対策課)、メディカル・プリンシプル社の広報担当は「契約上、当社から委託の仕組みは説明できない」と、いずれも要領を得ない回答だった。
大阪だけでなく、全国で同様のことが起こっている可能性は非常に高い。
※週刊ポスト2021年5月28日号