V9戦士・江藤省三氏が書き残していた「川上哲治ノート」発掘
名将・川上哲治(時事通信フォト)
ベールに包まれた「川上野球」の中身が明らかに
バント防止、投手と野手の牽制のサインプレーが細かく記されたノート。基本は捕手がサインを出し、受け取った選手は理解したことを伝える「アンサー」を出さなくてはならない。帽子に手をやるか、ベルトに触るかは様々だが、相手に悟られないようにタイミングを見計る。守備側は高度なプレーを要求されるため、1人でもアンサーを出さない場合は、サインが取り消される場合がある。常に選手たちの意思統一があってこそ成功する
ドジャースのスプリングトレーニングで訓練係を担当していたアル・キャンパニスが1954年に執筆した野球指導書『ドジャースの戦法』を元に、川上が巨人に組織プレーを浸透させた“ジャンアンツ戦法”。状況に応じたバント防止のためのピックオフプレーは6通りに分けられ、二遊間は常に機敏な動きが要求される
攻撃時のサイン。相手がサインを使った時に見破る方法も書かれている
中日へ移籍した後、江藤氏がコーチに頼まれ、春季キャンプ用に配られたメンバー表の裏にジャイアンツ戦法を記したものがノートに挟まれていた。当時の中日監督は水原茂。1950年から11年間巨人の監督を務めたが、次期監督に川上を指名し1960年に辞任していた。メジャーリーグ通で知られた水原だが、後継指名した川上に先を越された形で“ジャイアンツ戦法”が生まれ、プロ野球に革命が起こった。5年間日本一を逃して巨人監督を辞任した水原は、どんな思いでこの紙を見ていたのだろうか
1967年、キャンプイン前日の川上監督の訓示をメモしたもの。「大リーグに追いつき追い越せ」という正力松太郎の言葉を引用しナインに熱く語りかけている
現役時代からメモ魔の江藤省三氏だからこそ“川上ノート”が生まれた
1965~1973年の9年連続日本一、いわゆる「V9」を成し遂げた(時事通信フォト)