ライフ

【書評】ハーバード白熱教室の教授が論じる“親ガチャ”の不公平

『実力も運のうち 能力主義は正義か?』著・マイケル・サンデル

『実力も運のうち 能力主義は正義か?』著・マイケル・サンデル

【書評】『実力も運のうち 能力主義は正義か?』/マイケル・サンデル・著 鬼澤忍・訳/早川書房/2420円
【評者】鴻巣友季子(翻訳家)

 最近、「親ガチャ」という言い方を聞く。どんな境遇に生まれつくかは運次第、本人に選べるものではないという意味だ。本書は、まさにそうした「不公平」について論じている。著者は「ハーバード白熱教室」のあの教授だ。

 副題の「能力主義」は英語では「メリトクラシー」。成果主義、学歴主義などと言い換えた方がしっくりくるかもしれない。本書で最もわかりにくい一つが、merit and desertという考え方だろう。成果とそれに対する評価、又は、有能さとそれに値する報い。この「値する」という概念が難しい。

 たとえば『チャーリーとチョコレート工場』の坊やは、夢の工場見学に行く稀少なチケットを引き当てる。彼には見学の「資格」はあるが、人間としてそれに値するわけではない。偶然で手に入れたものだから。サンデルは人間の生まれや生来の資質も、それによって醸成される能力も、同様に運の賜物であると考える。

 かつてのアメリカは「多様性と変化」を重んじ、それゆえにアメリカン・ドリームの実現する国だった。ところが、一九八〇年代にグローバリゼーション政策に舵を切り、同時に、ハイテクがマンパワーを逐い始めたことで、思わぬ副作用が起きた。

 それらに対応するには、新しい技術や高度な専門知識が求められ、大学で学位取得の必要が増した。出願者が増えて一流大学の門はますます狭くなり、親は学歴闘争に勝つために、資金を投入して「軍拡」し、ハーバード大などには富裕層しか合格できなくなった。学歴格差は拡大、社会的流動性が減少し、特権階級が固定化した。かつてのアメリカの強みが、皮肉にもこの国を縛りつけているのだ。

「努力と才能があれば何にでもなれる」は、本当に正義なのか? 闘争の敗者に屈辱を、勝者におごりを与え、分断を深めるだけではないのか? と著者は問う。では、解決するためには? この社会分析は日本の受験社会にも大いに通じるだろう。痛い本である。

※週刊ポスト2021年5月28日号

関連記事

トピックス

氷川きよしが紅白に出場するのは24回目(産経新聞社)
「胸中の先生と常に一緒なのです」氷川きよしが初めて告白した“幼少期のいじめ体験”と“池田大作氏一周忌への思い”
女性セブン
公益通報されていた世耕弘成・前党参院幹事長(時事通信フォト)
【スクープ】世耕弘成氏、自らが理事長を務める近畿大学で公益通報されていた 教職員組合が「大学を自身の政治活動に利用、私物化している」と告発
週刊ポスト
阪神西宮駅前の演説もすさまじい人だかりだった(11月4日)
「立花さんのYouTubeでテレビのウソがわかった」「メディアは一切信用しない」兵庫県知事選、斎藤元彦氏の応援団に“1か月密着取材” 見えてきた勝利の背景
週刊ポスト
多くのドラマや映画で活躍する俳優の菅田将暉
菅田将暉の七光りやコネではない!「けんと」「新樹」弟2人が快進撃を見せる必然
NEWSポストセブン
田村瑠奈被告(右)と父の修被告
「ハイターで指紋は消せる?」田村瑠奈被告(30)の父が公判で語った「漂白剤の使い道」【ススキノ首切断事件裁判】
週刊ポスト
10月には10年ぶりとなるオリジナルアルバム『Precious Days』をリリースした竹内まりや
《結婚42周年》竹内まりや、夫・山下達郎とのあまりにも深い絆 「結婚は今世で12回目」夫婦の結びつきは“魂レベル”
女性セブン
騒動の発端となっているイギリス人女性(SNSより)
「父親と息子の両方と…」「タダで行為できます」で世界を騒がすイギリス人女性(25)の生い立ち 過激配信をサポートする元夫の存在
NEWSポストセブン
九州場所
九州場所「溜席の着物美人」の次は「浴衣地ワンピース女性」が続々 「四股名の入った服は応援タオル代わりになる」と桟敷で他にも2人が着用していた
NEWSポストセブン
初のフレンチコースの販売を開始した「ガスト」
《ガスト初のフレンチコースを販売》匿名の現役スタッフが明かした現場の混乱「やることは増えたが、時給は変わらず…」「土日の混雑が心配」
NEWSポストセブン
希代の名優として親しまれた西田敏行さん
《故郷・福島に埋葬してほしい》西田敏行さん、体に埋め込んでいた金属だらけだった遺骨 満身創痍でも堅忍して追求し続けた俳優業
女性セブン
歌舞伎俳優の中村芝翫と嫁の三田寛子(右写真/産経新聞社)
《中村芝翫が約900日ぶりに自宅に戻る》三田寛子、“夫の愛人”とのバトルに勝利 芝翫は“未練たらたら”でも松竹の激怒が決定打に
女性セブン
「週刊ポスト」本日発売! 小沢一郎が吠えた「最後の政権交代を実現する」ほか
「週刊ポスト」本日発売! 小沢一郎が吠えた「最後の政権交代を実現する」ほか
NEWSポストセブン