不屈の精神で危機を乗り越える姿に、人々は熱狂する。遡れば昭和の時代、戦後復興や経済発展を遂げ、国体も成熟するなか、日本でも様々なドラマがあった。
昭和の政治家には、スキャンダルに潰されてなるものかという気概があった。田中角栄は、1983年10月にロッキード事件の一審判決で懲役4年、追徴金5億円の実刑判決を受けたにもかかわらず、2か月後の総選挙に出馬。
結果は、過去最多となる22万票を獲得してトップ当選を果たした。2~5位の得票数総計をも上回る凄まじい圧勝だった。当時、秘書を務めていた朝賀昭氏が振り返る。
「一般有権者のお宅を訪ねると、『角さんはうちらのためによくやってくれた。今までは私らも立場があって、入れなきゃならないところがあったが、今回は恩返し。角さんに入れるよ』と言ってくれました。越後のためにやってくれた田中角栄が、あれだけ中央で叩かれている。それに対する対抗心を見せてくれた。
雪が降るなか、田中の街宣車が通る予定の橋のたもとにムシロを敷き、ドテラを着て毛布をかぶって待っている爺さんもいました。聞くと、脳卒中で動けないので、ずいぶん前に家族に連れてきてもらったのだと言う。『冥土の土産に演説を聞くんや』と言っていました。田中の到着が遅れ、雪がみぞれに変わっても、じっとそこで待っている。その姿に目頭が熱くなりました」
※週刊ポスト2021年6月4日号